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宮島弥山倶楽部 専用ページ



宮島弥山倶楽部の皆様
 
以前よりお知らせしていました、
「聖なる山 瀰山」 写真集の先行予約が開始します。
発行日 3月21日(弘法大師の生誕日) 実際の販売は、2月初旬。
A4サイズ 114ページ カラー
 
予約期間 11月1日から来年1月末まで
すでに、予約をされているか方もおられますが
念のため、宮島弥山倶楽部の関係者の方にお知らせします。
 
先行予約の方、3000円(税込み)送料別
スタジオタカオにとりに来られた方は、。3000円(税込み)
一般価格は 3500円(税込み) 送料別
 
限定販売のため、売り切り次第販売は終了します。
 
11月1日から、一般にも予約販売受付を開始します。
宮島弥山倶楽部のメンバーの方には、サプライズプレゼントも検討しています。
 
ご希望の方は、早めに注文ください。
 
 
なお、発行元は宮島のことなので大聖院にお願いしました。
大聖院でも購入は出来ます。
 
スタジオタカオ 藤原隆雄
734-0015 広島市南区宇品御幸5丁目1-5 梶下ビル2F
TEL 082-252-6070 FAX 082-252-6081
携帯 090-3637-2013
E-mail takao@st-takao.com






宮島弥山倶楽部  登山予定 

参加希望の場合は必ず、連絡ください。
キャンセルの場合もお願いします。


宮島弥山倶楽部の登山は、保険をかけていません
自己責任を承知の方のみ参加ください。

サプライズ登山も予定していますので、チェックをしておいてください。



12月登山他予定 サプライズ登山もあります。



12月17日(日)
宮島弥山倶楽部お賽銭集め登山 雨天決行

メンバーの希望により、この日をメインに行います。
山中に点在する石仏の洗濯
お賽銭集め(回収後、大聖院本坊に届けます)

集合時間 8時20分 集合場所:宮島口松大船乗船口
持参品:弁当・杖・水分・間食等・軍手・掃除道具(ブラシ・水など)
参加費:メンバー 500円 一般 1000円



参加予定者:藤原隆雄・久藤和機・国好雅夫・林孝幸


12月17日(日)元宇品自然観察会 雨天中止
藤原は不参加となります。

主催は、宮島弥山倶楽部ではありませんがいろいろ勉強できます
主催:アース・ミュージアム元宇品
集合場所:元宇品プリンスホテル入口
集合時間:9時50分
参加費:100円

アース・ミュージアム元宇品構想推進委員会事務局(南区役所地域起こし推進課内)
電話:082-250-8935 /  FAX:082-252-7179
メールアドレス:mi-chiiki@city.hiroshima.lg.jp



12月24日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 雨天決行

宮島弥山倶楽部今年度最後の登山となります。
集合時間 8時20分 集合場所:宮島口松大船乗船口
持参品:弁当・杖・水分・間食等・軍手・掃除道具(ブラシ・水など)
参加費:メンバー 500円 一般 1000円



12月10日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了

曇り空。午後からは雨になりました。
お賽銭集めを17日に日延べしたので
10日は参加者なし。
もみじ谷ルートを登山中であった女性二人を案内して、弥山本堂まで案内。
結界・板根・カゴノキ・大黒天のあった洞窟・21丁(町石)のある旧道・薬壷と名前のある岩にあらわれた天狗の姿
薬師堂跡に安置されている薬師像・珍しい稲荷さん
などを案内した。
そして、ハイライトはもみじ谷ルート結界手前で、ヤマドリのオスに遭遇
しばらく、併行して登りながら写真
喜んでおられました。














11月26日(日)元宇品自然観察会
終了

大変珍しい ツチトリモチ


宿主 クロキ
寄生植物 色素が赤しかない(葉緑素を持たない)
現在、メス株しか発見されてない(単為生殖)
ツチトリモチ科ツチトリモチ
種によって繫殖するのではないかと言われている、不思議な植物。


山中には、たくさんの実が落ちている。

左が アケビ(落葉樹) 右 ヌベ(トキワアケビ・常葉樹)



グーチョキパーの木(カクレミノ)

アベマキ(コルクに使用)


モチノキ

野路菊



11月23日(木祝)宮島弥山倶楽部初心者登山・お茶会
 終了



登山は、一人だったので集合写真はありません。
下界に比べ、風が強く、寒さが身にしみました。
観光客は多く、くつろぐどころではありませんでした。
もみじ谷登山口から霊火堂まで 50分
大聖院ルート下り 40分
紅葉はまだまだ楽しめました。

 



 



 

  



  


11月19日(日) 宮島弥山倶楽部初心者登山 終了 



デンマークの若者が参加


11月9日 PHOTO by TAKAO

今年は、天候不順のためか、木によってピークがばらばら 
紅葉しないで落葉している木も多く
逆に紅葉の木が目立つ

全体的に、今からの様子もうかがえる

 

もみじ谷公園




下界では見られない、ウリハダカエデ 宮島の紅葉の象徴

 



 

弥山本堂前


 

御山神社への道

 
大元ルート17町付近

 

大元公園



 

宝蔵付近の、さくらもみじも美しい



豊国神社のイチョウも美しい




10月25日(水)宮島弥山倶楽部サプライズ登山から



弥山霊火堂にある、如意宝珠。
神道では、座玉(そえだま)といわれています。伊勢神社・籠神社に有るそうです。 by TAKAO
http://blog.canpan.info/sagara/archive/709







極楽寺山から、宮島水中花火を見る






気になる記事





最近、弥山に登っても以前のように、登山の格好をした登山者を見なくなった
一般の観光客・山ガール等
10年前に出会っていた人たちに出会うことは、皆無
年齢のせいだけではないことが、この記事で納得した。

弥山でたまに出会った登山者に聞くと、3本以外のルートは登ってはいけないとうるさい。
3本のルートは、観光客が多くおもしろくない。騒がしい。

弥山離れが進んでいるのだろう。

時代が流れ、弥山に登る人種が変化しているのだろう。
今は、ものすごい人たちが弥山を目指して登って行く。

登山道は7割から8割近くが、外国の観光客になった。
日本人に出会っても、英語で「どこから来たの?」と聞く始末。

さすがに、年の初めなどはまずは、弥山ということで
多くの登山の格好をしたグループが押し寄せる。

商店街を見てみると、10年前はクレジットカードは使えない、ドルを両替できない。
外国の観光客は買い物をしない。と言われていた。
今は、外国の観光客をターゲットの飲食店が、日々増加している。
物販の店の方に聞くと、客単価が下がっているらしい。
日本人の観光客も以前のように買わなくなった。と。

10年先を見たときに、宮島がどのように変貌しているのか
想像してみたい。




宮島弥山倶楽部の活動が記事になりました。







定点観測地点 元宇品から宮島を望む が記事になりました。







10月15日 宮島弥山倶楽部初心者登山 雨天決行
集合写真は撮りませんでした

 



氏神さんの祭りに遭遇



ここをクリックすると動画が見れます


宮島弥山倶楽部メンバーが開催中の作品展・コンサートに参加



 

もみじ谷ルートで ヤマドリに遭遇

















  

樹幹流という、珍しい現象に遭遇

楽しい1日でした。


鏡池でえさを食べるサギ




10月7日(土)~8日 宮島弥山倶楽部 瀰山お泊り会
 

2017年10月7-8日 宮島弥山倶楽部 弥山お泊り会は無事終了しました。
天気予報が外れて、快晴とはいきませんでしたが、霧の中の日の出は幻想的でした。
また、弥山求聞持堂で百日行をされている修行僧にもお会いできました。無言行のために、目を合わせるだけでしたが、緊張する経験でした。






















10月1日(日)嚴島神社早朝1日詣りの会
宮島弥山倶楽部メンバー情報(主催 尾崎雄冶さん)


82名の参加だそうです。

10月1日(日)嚴島神社早朝1日詣りの会の後に
宮島弥山倶楽部初心者登山




9月23日(土)江田島写真教室終了 
曇りのため、写真は不満足。教室でも講義しました。



サンビーチおきみ 海岸 夫婦岩


9月24日(日)元宇品自然観察会に参加 終了

主催:アース・ミュージアム元宇品 自然観察ガイドの会



オオゴキブリ

  
女郎蜘蛛の夫婦

 

 アベマキ・イヌビワ・オオゴキブリ の観察




やはり午前3時起床、撮影・登山・撮影はかなり厳しく
へばってしまった。
もみじ谷ルートを、ふうふう言いながら登り
最近のひとり登山では珍しく
14丁手前で休憩していたら、宮島弥山倶楽部メンバーの女性が登ってきた
FACEBOOKを見て出発、15分遅れの船で渡って来たらしい

なかなかの健脚、霊火堂まで一緒に登り
しばらく本堂横で話をして後、午後から仕事があるからと
大元ルートを下山していった。

2017.9.18 宮島弥山倶楽部初心者登山から(台風で参加予定者はキャンセル)
一人で大聖院ルートを下山中。カナダからのカップルに遭遇。仁王門から大聖院境内まで同行。
話をしながら楽しい時間を過ごした。
明日からの予定は未定。沖縄を考えてると言っていた。
今までは、京都・河口湖・嵐山富士山がすばらしかったと、言っていた。





下界は大勢の観光客


みんな暑いので、日陰に避難
風葉涼しくなったが、湿度が高く、皆 大汗



宮島口から見る夜明け前



9月10日(日)宮島弥山倶楽部平和祈念コンサート 大聖院・萬燈会にて


毎年、大聖院で行なわれる萬燈会最終日に行なわれる、宮島弥山倶楽部平和祈念コンサートの様子。
今年は、皆さんの顔が、やさしく見えたのは私だけでしょうか?




新藤昌幸


日本民踊会(小林隆子・竹本完子・ 正路スマコ  )


Light on クリスマス(中家志乃・塩谷るみ)


まりあす


井出畑隆政


山県和子


宇月 彩


9月3日(日) 宮島弥山倶楽部初心者登山 終了
久藤和機さんと男2人登山なので、集合写真はなしです

2017.9.3 大元ルートの中ごろで会いました。
頂上へ行き、もみじ谷ルートを下り、それから大聖院ルートを登り、ロープウェーで下ると聞かされました。
5時30分の最終に間にあったかな。オーストラリアから来たそうです。一人で登って行きました。








8月25日(金9宮島弥山倶楽部 夏の親睦会 終了



山本正一栗原典伸吉田正裕・荒木亮司・滑純雄・熊野澄雄・藤原隆雄
伊藤洋子・六信さよ子・坂井幸子・平山久美子・正路スマコ・城山裕子




7月30日(日)宮島弥山倶楽部サプライズ登山
終了





下山途中、大聖院ルート14丁で、折り鶴をプレゼントすると
末の娘さんが、自分の紙を出して鶴を折ってくださいました。




2017.7.16(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了




仁王門夜間撮影を手伝ってもらった、アメリカからの観光客の女性
撮影終了後、大聖院ルートを懐中電灯を使って、猛ダッシュで下山、何とかフェリー最終便に間に合い
三笠浜で記念撮影。

もみじ谷ルート登山中、出合った観光客に
登山MAPと折鶴をプレゼント


夕方、暗闇の中で鳴く、ヒグラシの姿を撮る事ができた。

仁王門夜景撮影分は、年末に発売予定の「瀰山」写真集に掲載するために
それまで、お楽しみにお待ちください。
100ページ(A4サイズ)カラーで販売予定。価格は3000円を予定しています。


7月9日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山は大雨のため参加者なし
藤原一人で登りましたので、集合写真はありません。



大聖院ルートから見れる 幻の滝(雨の降った時しか見れない)全長76m


石垣に隠れた、ヘビは出てこない



あちこちには、カエルが



三笠浜から弥山山頂を望む


大雨で登山道は川になる




ヤマモモが豊作



6月11日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了

天候不良もあり、参加者はキャンセル
一人で現在準備中の写真集の追加撮影に大元ルートを登った。集合写真はありません。

弁財天を祭るイワクラ・岩屋大師などを撮影




風穴 大元ルート16丁 夏場には13-18度くらいの冷風が出てくる。

 



大元ルート17丁 弁財天を祭るイワクラ



静かな霊火堂前、珍しく。そして、雨が降っていた。



6月4日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山
 終了



参加者:藤原隆雄・国好雅夫(奥様同伴)・谷本久美子
・佐野秀孝・岡部利行

 ひようたん桟敷

 

 

奥もみじ谷公園にある、モミの木 ご神木
この日は、ロープウエーが運休していて、多くの観光客が歩いて登って行きました。



スペイン・リトアニア・フランス・ドイツ・スコットランド・アメリカ・ポーランド・台湾・スイスからの観光客




  

ドイツから来た、ハンナさん。明日は、三段峡へ行くと行ってました。


甌穴岩で願いことをしながら、小石を投げました。




瀧の宮島神社で記念写真




5月28日(日)宮島弥山倶楽部参加 元宇品自然観察会 終了



 

 

 

 

 

 

 

 








5月15日(月)宮島 御島廻りと御とぐい式 
終了




参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・花房美保子・久保奈津子・尾崎 雄治・大林 進

織田 雅己・正木友美・国好雅夫・大野珠代
・大友愛理・木村力


ゲスト

福田道憲(嚴島神社禰宜)・初谷忠彦(石鎚神社 石鎚本教 広島西教会宮司)他・他





昭和3年 御山のぼり案内図




四之宮・大聖院・多宝塔・大元ルートしか描かれてない。それもルートが随分違う。



5月7日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山

参加者:藤原隆雄・大林進・佐野秀孝・山口礼子・平山久美子




初心者の方がおられたので、オーソドックスな登山道を、ゆっくり散策しながら登山。
途中、奥もみじ谷公園にある、モミの木のご神木前で記念写真。
新緑がまぶしい1日でした。下山では、外国の観光客の方に、メンバーが作った折鶴をプレゼントしながら、英会話の練習。


スイス・ドイツ・フランス・メキシコ・イギリス・アメリカ・カナダ・ポーランドの方と話しました。














4月21日・23日の登山は、参加者キャンセルのため
一人登山となりましたので、集合写真はありません。



4月21日弥山登山から





宮島弥山倶楽部では、宮島弥山倶楽部制作の弥山登山ガイドMAPの配布と
メンバーが作った、折鶴をプレゼントしています。
英会話の勉強も兼ねてのボランティア活動。
皆さんも参加して、一緒に勉強しませんか。
登山予定は、予定表を参照ください。




4月16日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山


参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・久藤和機・谷憲二・中塚智子

 




2017.4.5(水)宮島弥山倶楽部アドベンチャー登山  

岩船岳遥拝所跡と思われる場所探索




参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・吉田裕美

上の写真は一般公開用



岩船岳遥拝所によじ登って。穴が2箇所あり、地元の方の話では、昔、鳥居が建てられていた。
台風で壊れた。

 



 

 





 

 




4月2日(日)徳永さん 廿日市さくらまつりステージで「さくら賞」を受賞されました。










 





 

広畑市議には、推薦をしていただき感謝です。




徳永夫妻




3月10日(金)宮島弥山倶楽部中級者登山 終了
岩船岳・御床神社



参加者:吉田正裕・藤原隆雄・佐野秀孝・大友愛理・宮石惇・国好雅夫(住職の知人)・福田(地元の方)・大林進


















どなたか、情報をお持ちの方、お知らせください。




鳥居があったと言う話があります。

駒が林の隣にある、火山(三剱山)頂上から見た岩場。のろし場ではないかとも言われています。



お知らせします

だんだん工房の井上幸子さん

長年、弥山本堂に安置されている
ねがい地蔵を製作されている方

まもなく、だんだん工房での製作を終了されます。
長い間、ありがとうございました。

今後は、別の場所で活動をされるそうです。









宮島弥山倶楽部メンバー店 所在地


ここをクリックすると

個人会員を含め一覧表が見れます。




古い写真から





 大元公園




もみじ谷公園



弥山山頂付近 鐘楼




弥山山頂付近 毘沙門堂





2017.2.12 撮影
大元神社の入口




大元公園



有名な戦艦のイカリだそうです

右の塔が三鬼神


当時は、清盛神社の場所は、海もしくは濱だったようです。





嚴島三魂神社と書かれています。
今の三鬼堂と思われます。




弥山山頂






嚴島図絵から

弥山本堂




毘沙門堂



消えずの火

  この写真は、今の霊火堂ではなく、弥山本堂の中にあったと思われます。

現在の霊火堂は2代目ですが、一代目は昭和27年に創建されています。









大聖院 摩尼殿(現在ではなく、もうひとつ前の建物)




宮島郷土資料館にある絵。弥山山頂は描かれてないようだ。




奥の院 いくつ、残っているでしょう?


宮島強度資料館にある、宮島の立体模型から

珍しい道が記されている。502(ニクイ山9から岩船に抜ける道もある。
多々良林道はない。



3月5日(日)宮島弥山倶楽部サプライズ ボランティア登山 

御山神社への道について、木々が伸びて通行が難しくなって
いる部分があります。
広島県・廿日市市関係部署の方と相談の結果
宮島弥山倶楽部で選定することになりました。



参加者:藤原隆雄・宮石惇・偶然出合った宮島弥山倶楽部のメンバーと友人




2月26日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山

弥山山頂付近 千手観音 お掃除とお賽銭集め




 



 

作業は2時間30分にも及びました。
アメリカのボストンから来られた観光客のお2人にも
証人になって頂き、大聖院へ渡して
私たちは、次の目的地に向かいました。
3時過ぎ、急がないと日が暮れる。




2017.2.12 宮島弥山倶楽部寒い日の登山 終了しました



奥の院の背後の山 502(ニクイ山)へ


一般公開用写真

奥もみじ谷公園にある、ご神木へ観光客の皆さんを案内しました。



2月5日(日)宮島弥山倶楽部恒例 江田島・古鷹山・クマン岳縦走登山
 終了


雨の登山も素敵でした。傘をさす事は有りませんでした



参加者:藤原隆雄・長田英里・松口繁男(雨天のため、4名キャンセル)

 

小用港を出発・古鷹山・クマン岳縦走して 切り串港から広島港へ
万歩計は 20000歩 所要時間は、5時間
地面が濡れていたので、慎重に一歩




2017.1.30 宮島弥山倶楽部新年会から 

宴席で話題になったことを写真に



参加者:藤原隆雄六信さよ子・斉藤民江・荒木亮司・吉田正裕・熊野澄雄・栗原典伸
谷本久美子・久留島裕子・
正路スマコ・宮石惇


現在、弥山登頂 7000回を達成された 徳永誓雄さんを
廿日市市で表彰して頂きたいとお願いをしています。
結果が出ましたらお知らせします。
申請は、担当部署から出して頂いています。
対称候補 「廿日市さくら賞」

弥山へ登り始めたのは 1976年(昭和52年)
生年月日 1933年(昭和8年)
2016年12月で 7318回  他の山を合計すると 8221回










2017.1.22 宮島弥山倶楽部登山 終了



今回は、502を目指して大聖院ルートを登りましたが
強風と寒さのため、断念
御山神社経由・弥山本堂裏手で昼食後、もみじ谷ルートを下山

参加者:藤原隆雄・久藤和機・佐野秀孝・大林進
(写真中央。御山神社で出合った地元福田さん)





宮島弥山倶楽部メンバー 河尻清さんのお別れ会に行って来ました。2017.1.18

2016.12.21になくなられた、河尻さんのお別れ会が宇品のプリンスホテルで行なわれました。
写真が趣味で、中国四川省の山奥に行き撮影した写真を展示されるので、お手伝いに行きました。
その後、お別れ会にも参加ささていただきました。











家族の方からいただきました




1月15日(日) 宮島弥山倶楽部サプライズ登山 終了

一人、病欠 2名でもみじ谷ルートを登りました。撮影場所は、10丁。
雪がコトダマのように降り注いでいます。




参加者:藤原隆雄・やまもとのりこ



1月8日(日)宮島弥山倶楽部新年初心者登山 終了



参加者:藤原隆雄・黄幡仁子・佐野秀孝

雨の中の登山となりました。初登山を楽しむグループが多かったです。頂上は、霧の中。



元旦 宮島弥山倶楽部登山 終了

参加者:藤原隆雄・林孝幸・荒瀧文代・山城裕子




江ノ島




30番江ノ島岩屋とその奥が感動した。

 
観光案内所

(ここでMAPと割引券を購入したほうがいいです)





橋を歩いて渡ります。



島に着き、目的地 弁才天を目指す。



鳥居をくぐって行くか、左に行くと有料の乗り物がある。
案内所で販売している、割引券を使うと安上がり


















入場料を払って、中に。
撮影禁止なので写真は撮れない。



八臂弁財天・妙音弁財天

外に写真が飾ってあった。












オリンピック会場予定地

 








有名な庭園があった。時期的には、花はない。
この敷地内に、タワーがある。入場料は合せて500円



タワーから見ると トンビがたくさん飛んでいる






真言宗のお寺がある

 


ここから先は、アップダウンの激しい細い道を歩くことになる。
ここから先は、観光客の数も激減する。




江ノ島ビールが販売されていた



荒々しい感じになってきた

 


奥津宮






 

龍恋の鐘






立派なトイレが整備されている

 

洞窟がある

 







行き止まりになっているが、奥には小さな穴があるので、続きはあるようだ。



一旦、洞窟を出て前に進むと、もうひとつの洞窟があった。




海岸には、釣り人やカップルがいた







第2の洞窟のどん詰まりには、龍が鎮座していました。

照明が、不思議な世界を表現していた。


 







葛飾 柴又












本堂


 

 


 


 

 





 



寅さん記念館
帝釈天から10分くらい歩いた場所に
あります。写真ではなく、実際に見てください。

 









矢切の渡し

矢切の渡しに歩いて行ってみた。
10分ほど歩くと、河川敷に出る。




残念ながら、平日なので運行はしてませんでした。





東京にある、裏鬼門


不動尊

目黒不動尊・目白不動尊・目黄不動尊(2箇所)・目赤不動尊・目青不動尊

行ってきました。


五色不動尊について(左をクリック)





目黒不動尊
天台宗 泰叡山 龍泉寺)
東京都目黒区下目黒3-20-26







 

 



 


  



目黄不動尊(天台宗 養光山 永久寺)
 東京都台東区三ノ輪




 

  





目赤不動尊天台宗  大聖山 南谷寺)
東京都文京区本駒込1-20-20 









 

 




目白不動尊真言宗 神霊山 金乗院)

東京都豊島区高田2-12-39





  

 

 


 

  

 





目青不動尊(天台宗 竹園山 最勝寺)
東京都世田谷区太子堂4ー15-1













目黄不動尊(天台宗 牛宝山 明王院 最勝寺)
東京都江戸川区平井1-25-32





  

 







今年一番の紅葉




大元公園 




大元ルート 16町



もみじ谷ルート 18丁



もみじ谷ルート 念仏岩(眼下には大砂利が見える)



弥山本堂裏手



神泉寺跡から下界を眺める



奥もみじ谷公園




2004年に知り合った方のホームページから
(その方は、すでに亡くなられています)続編をまたの機会に。

日本昔話私考・・・古事記はシュメール語系で書かれていた?

その2・・・火遠理命(ホオリノミコト=ホホデミノミコト)の返歌

豊玉毘賣命(トヨタマビメノミコト)の歌に対してお答えになったものです。

意岐都登理加毛度久斯麻邇和賀韋泥斯伊毛波和須禮士餘能許登碁登邇

国学者は
沖つ鳥 鴨著く島に 我が率寝し 妹は忘れじ 世のことごとに
(
おきつどり かもどくしまに わがゐねし いもはわすれじ よのことごとに)
と読んでいる。

鴨が降りつく沖の島で、添い寝をした、いとしい妻のことは、いつまでも、生涯かけて忘れることはないでしょう。
という意味にしてしまったが、なんとか意味は通じるような気もする。

また、吉田大洋著「謎の出雲帝国」において他の学者(前波仲尾教授)がシュメール語で書かれているとして
オッキン ドル ガン ドク シム ア ガ イネジア 
uk-kin dur! gan dug sim i gi en-gia!
イメ ハ ス ラジ ユノ クダ
imme-li gaz su-lug il,ni-kudda.
 
とした。
その口語体約は
水はみな清く、光り輝いている。私は酒びたりになっている。里帰りの人(トヨタマ姫)よ、思いかえしなさい。
(
今は)うさばらしに人民の税金を高くして、酒に歓楽を求めている。

この着眼は良かったのであるが、もう少し深く考察してみる必要があった。

それでは始めてみましょう。

稗田阿禮が詠んだのは

意岐(おき)・・・・・・・  オはない 

都登(つど)・・・・・・・ 

()・・・・・・・・・・・

加毛(かも)・・・・・・・ 
            

度久(どく)・・・・・・・  

斯麻(しま)・・・・・・・ 

()・・・・・・・・・・・

『ここまでの 日本語訳では
捧げて産んだために、(人々が)ひざまづく良い名前なのだ。
または、単語を入れ替えて
見られて産んだために、それは(その子は)殺されても、しかたない。

冒頭の意岐都登理は万葉集にも多く出てくる枕詞である。あなたの目の前で産むという表現または捧げて産むという意味合いであろう。

続いて

和賀韋(わがい)・・・  
            ヒッタイトの言語にこの単語がある。ルウィ語も同系列なので採用してみる。

泥斯(ねし)・・・・・・・ 

伊毛(いも)・・・・・・・

()・・・・・・・・・・・ 

和須(わす)・・・・・・・

禮士餘能(れじよの)・・・ 
              レジオーとして短縮

許登碁登(ことごと)・・・・   

()・・・・・・・・・・・

『ここまでの日本語訳では
反抗する生活の嵐そして出国ではなくて、手を結び(このような生活を)終わらすのだ。


泥斯伊毛で嵐のような生活または荒んだ生活という熟語かもしれない。
次に、 許登碁登が問題点である。KUDの反復で強調かもしれない。
万葉集で大伴家持は「ことごと」を所登碁等とした。所は中文でシュイと発音するのでシュとした。
 

『まとめてみると
捧げて産んだために、(人々が)ひざまづく良い名前なのだ。
反抗する嵐のような生活そして出国ではなくて、手を結び、(このような生活を)終わらすのだ。』  

そしてカタカナで書いたので発音してみていただきたい。

イクゥイ ツドゥリ ガムドゥグ シュムーニ
ウァガリーネーシュ イム ハ ワスーレジオーヌ シュデゥクデゥニ
稗田阿禮が詠んだように発音できたであろうか?
そして、漢字に変換してみれば太朝臣安萬侶の苦労がよく解かると思います。




<こんな資料がありました>


天狗は大きく分けて二種類、(鼻高)天狗と烏天狗です。
天狗の特長は鼻高で行者姿ですが、これは朝廷に追われた水銀発掘業者の事です。
密教と水銀は密接な関係がありますが、朝廷も水銀を欲していて武力制圧を繰り返していたのです。
行者姿なのは修行と水銀脈発見を兼ねていたからで、朝廷側からすると「悪どい存在」な訳です。
鼻が高いのは猿田彦がモデルだからですが、その辺の話は長くなるので割愛です。

烏天狗は、元は中国の天狗(テンクと読み流星の事、後に鳥の怪の総称)から来ていて、外見は羽が生えています。
絵によっては鳥が着物を着てます。これは輸入と共に日本古来の似た怪異が合併されたからです。




写真の天狗さんは、弥山三鬼堂内にあります。

宮島では、太郎・二郎と呼ばれていたそうです。どちらかが分かりません。

くわしくは、ここをクリック


宮島弥山倶楽部メンバー 中家志乃&塩谷るみ姉妹から

9月11日宮島大聖院の万燈会でも歌われ、朗読された「広島は青くもえていた」。
10月9日宮島弥山で行われる平和祈念コンサートでも配られるそうです。

コンサートの様子を映した動画
https://www.youtube.com/watch?v=jzfu3jYkPJM








一般に公表していないルート

博奕尾ルート

四宮ルート

多宝塔ルート



12月24日(土)宮島弥山倶楽部登山 終了

登山道で会った外国の観光客の皆さん
折鶴をプレゼントしました

 

 

 


12月23日(金祝)宮島弥山倶楽部中級登山 延期
藤原が体調不良のため、来年に延期します


12月18日(日)宮島弥山倶楽部山中賽銭集め登山 終了しました

参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・久藤和機・中塚智子・大林進・岡部利行

毎年、恒例の行事。
山中にある仏様の周りのお掃除とお賽銭集め。
無事、大聖院へ届けました。



詳しくは。近日中に掲載します。





12月11日(日) 宮島弥山倶楽部東京支部 小仏峠から高尾山登頂

参加者:藤原隆雄・仁田昌邦・黄幡仁子・正路敬子・岩合信二



最高の富士山を見ることが出来ました。
しかし、頂上の人は半端ではないですね。

トイレ・標識・をはじめ、観光客を迎える姿勢は
宮島も見習うべきところが多々あります。



JR高尾駅に集合、小仏峠までタクシーで移動。(2200円弱)
高尾山頂に向かって出発。
富士山が美しく見えました。
高尾山頂に近づくと、登山を楽しむ人たちでごった返していました。

帰りは、脚力を考え、リフトで下山。




 





 

 

 





トイレ

 

 




2016.12.4 宮島弥山倶楽部初心者登山 

雨のために、参加予定者がお休み。6名のお休みとなりました。
行かなかった方、ご褒美を見損ねましたね。今年1番の紅葉を見れました。




11月23日(水・祝)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了





11月23日(水・祝)大聖院・もみじ茶会 終了



11月13日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 
終了



参加者:藤原隆雄・岩合信二・吉田裕美・久藤和機
途中でお会いした夫婦(集合写真内)

帰りはもみじ谷ルートでしたが、登山客が多く離合もままならないほどの人でした。
頂上付近・霊火堂までは行きませんでした。


奥もみじ谷公園の紅葉


山中には、ハゼ・ウリハダカエデの紅葉が際立つ


サンキライの実が美しい




神泉寺(時寺)跡地から見た紅葉





意外と知られてない、「さくらもみじ」の紅葉


モミの木 ご神木



博奕尾ルートの途中




11月3日 宮島弥山倶楽部初心者登山 
終了しました

紅葉の美しい穴場に


外国の観光客の皆さんに、登山MAP・折鶴を渡しながら観光案内
英会話の勉強
(参加者の2人は、現在英会話教室に通っていて話をしたいと)










ヘレンケラーが記念撮影をした場所。


だんだんと紅葉が進んできています

 


この紅葉の写真は、以前撮影。まもなく見れます。
宮島で紅葉が一番美しい場所。
そばには、上記の写真のご神木もある。
ほとんどの人は、知らなく行かない。



もみじ谷ルート 17町付近にある珍しい根。(板根---ばんこん)





くぐり岩付近

 


弘法大師が書かれたと言われる、凡字。



大正15年5月27日 皇太子が登頂された記念碑(昭和天皇)
(24丁町石に書かれているのも不思議)


頂上は、余りににも人が多く、騒がしいので
秘密の場所でランチすることにした。




阿多田島が見える。




標高509m 駒が林が正面に見える。

 

振り返ると、妙に色っぽい岩が迫る。



名無し山(火山・ミツルギ山)も眼前に見える



マムシ草の実



ウリハダカエデが美しく紅葉し始めた



遊女の石畳付近 置屋の名前が書かれた石碑
土石流のたびに、遊女たちがお金を出して登山道を修復されたという




ウリハダカエデの実もたくさん出来ている



ウリハダカエデの種を空中に投げると、種の羽がヘリコプターのように
舞いながら落ちていく。写真ではなかなか表現が難しい。



自撮り撮影に挑戦



10月30日(日) 元宇品自然観察会に宮島弥山倶楽部参加 終了
 

アース・ミュージアム元宇品 地球散歩



 



絶滅危惧種 ツチトリモチ

日本固有種で、本州紀伊半島)から四国九州南西諸島種子島口永良部島)までの山地の森林内に生育する。

宿主であるハイノキ属クロキハイノキの根を抱くようにして地下に塊状の茎があり、秋の終わりに花茎が地上に顔を出す。
花茎は太くて短く高さ6~12cm、多数の鱗片状の葉に包まれる。花期は10~11月。
花茎も鱗片も花序と同様に真っ赤である。その先端に楕円形の花序がつく。
花序は大きさが鶏卵ほどで、表面は細かい粒状のもので覆われ、赤い。
ちょうど、ヤマモモ果実を大きくしたような感じである。
この粒子は花ではなく、花穂の表面から突出した球状の構造である。
これが互いにほぼ密着するように並んでおり、花序の外見はこれが並んだ状態が見えるだけである。
花はその突起の間の隙間に並んで生じ、外からは見えない。
花はすべて雌花で、単純な形の雌しべのみからなる。雌雄異株であるが、雄株は発見されたことがない。
したがって種子単為生殖によって作られる。

なお、和名のツチトリモチは、根茎から鳥黐(とりもち)を取ったことにちなむ。別名に山寺坊主というのがある。



ご案内を頂きました




詳しくは、ホームページ(広島湾岸トレイルを検索ください)


10月23日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了

もみじ谷ルート 18丁 大黒天を祭っていた洞窟にて



参加者:藤原隆雄・岩合信二・久藤和機

今の灯ろうと当時の灯ろうは、微妙に形が違います。奥の1番目は全く形が違います。それで間違ったようです。






10月10日 宮島弥山倶楽部メンバー 林孝幸・復活登山



脳梗塞で倒れた林さん、驚異的な回復で
1ヵ月後にお礼参り登山を決行、メンバーがサポートして
全工程を歩いて制覇。


10月9日(日)~10日(月祝)無事終了しました。

弥山お泊り会



参加者:藤原隆雄・山本志江・山本 祥平(中学生)・山本 善晴(小学生)・山本 哲也(小学生)・大野珠代(一般)


詳しくは、もう少し時間をください。


10月9日(日)弥山本堂前での宮島弥山倶楽部主催 無事終了しました

追悼・・平和祈念コンサート



出演者

中家志乃・塩谷るみ姉妹(朗読・歌)
ここをクリックすると動画が見れます




井手畑夫妻(津軽三味線)
ここをクリックすると動画見れます。




まりあす&hitomi 母娘ライアーデュオ(ライア)




ターラ & Masako(クリスタルボウル)
ここをクリックすると動画が見れます




新屋まり(歌)
ここをクリックすると動画見れます。



岩合信二(三味線)・和田 功(津軽民謡)・高木一成(尺八)
ここをクリックすると動画が見れます




Maco(ボーカル)





9月25日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 
終了



参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・吉田勝己夫妻・宮石惇・岩合信二・岡部利行




ミラクル 大聖院ルート1丁下










  


新種のキノコ

  





9月11日(日) 宮島大聖院 万燈会および宮島弥山倶楽部コンサート
終了しました

初めてでしたが、住職の開催の挨拶に続き


日本国 国家斉唱がありました。

国家斉唱の動画 ここをクリックください




出演者

(1)中家志乃・塩谷るみ姉妹(朗読と歌)

 動画を見たい方はここをクリック 動画1 

動画を見たい方はここをクリック 動画2



(2)まりあす&hitomi 母娘ライアデュオ(ライア演奏と歌)

動画をご覧になりたい方はここをクリック



(3)正路スマコ・小林隆子・竹本完子(民謡踊り)

動画を見たい方は、ここをクリック 動画1

動画を見たい方は、ここをクリック 動画2


カセットの調子が悪く、かなり再生スピードが速く失礼しました。

(4)井手畑 隆政・裕紀(津軽三味線)

動画を見たい方は、ここをクリック


(5)宇月彩(ライア演奏)

動画を見たい方は、ここをクリック



(6)門田あきひこ(二胡演奏)

動画を見たい方は、ここをクリック





9月4日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了

台風接近のため、参加者は藤原のみ。集合写真は撮っていません。

日曜日にも関わらず、観光客は多くなかったです。

弥山登山山中で、出会った外国の観光客の皆さんに
宮島弥山倶楽部製作の登山MAPを配りながら
登山を楽しみました。

今年の猛暑の為か?年齢の為か
体力不足。

もみじ谷をのんびり登りました。
抜いていったのは、地元で毎日登っている福田さん。
登山道で50m遅れで出発しましたが
6丁あたりでは、福田さんの鈴の音も聞こえなくなりまいた。
福田さんの目標は、1丁1分。(24分で到着?)だそうです。

実際は、1丁2分弱とみました。


7000回登っている、徳永さんは町家通りで遭遇しましたが
途中から引き返したと言って折られました。

他に、英国のカップルに、軽々と追い抜かれて行きました。

結局、登山口から、一度も休まず、亀のように登り
63分で、霊火堂に到着。

以前、宮島弥山倶楽部のメンバーだった方に教えてもらった
登山方法。歩きながら休む方法を実践してみました。






8月14日(日)宮島弥山倶楽部サプライズ登山 終了

集合写真は、クジラ岩付近にある、通称 「クジラの糞」




猛暑の中、熱中症にならないよう
比較的涼しい、もみじ谷ルートをゆっくり登り
弥山本堂で、昼寝
その間に、佐野さんは頂上へ・・・
林さんは、三鬼堂でご祈祷をしてもらってました

下山コースは、風穴で涼むため、大聖院ルートの暑さをさけて、大元ルートを下りました。


出会うのは、外国の観光客がほとんど
宮島弥山倶楽部製作のMAPを配りながらの下山

風穴は、13度の冷風が出ていました。

スイス人カップルが、喜んで涼んでいました。

フランス人が多かったですね。






御山神社への入り口が見える





クジラ岩から、奥の院大師堂が見える





駒が林山頂(509m)



三つ丸子山



火山(三剣山・名なし山とも)の頂上





遥かに、岩船岳が見える



尾根にある、町石



枯れた大木には、サルの腰掛が出来てくる




17町 崖には登山練習の跡が残る



風穴からは、13度の冷風が出ている。16町付近(標高370m)






セミの声も、「つくつくぼーし」にかわっています。






大元ルート 7町 富士岩




嚴島神社の前では、玉取祭のやぐらが準備完了



場所は明かせませんが





こんな洞窟もあります。
昔、殺人犯が隠れていたと言われる場所。
警察の巡回地でもあるそうです。




7月28日(木)宮島弥山倶楽部親睦会 終了

場所:広島駅前エールエール 屋上ビアガーデン



参加者:吉田正裕・藤原隆雄・岩合信二・荒木亮司・林孝幸・林(奥さん)・滑純雄・平山久美子・六信さよ子
正路スマコ・宮石惇



7月24日 宮島弥山倶楽部参拝登山 終了

三鬼堂参拝



鹿


白鷺


ヤマドリのオス


ヤマドリのメス



シマヘビ



7月17日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了









四之宮神社


ハンゲショウ


仁王門・里美茶屋展望台
スペイン・バレンシアからきたそうだ。
2年前に訪問したバレンシアの独立記念日の祭りの写真を見せてあげたら、スマホの写真を見せてくれた。
下山は一緒に下った。マムシに会わないように案内


名前は RAMON & PAULA




ロシアから来た家族。
紅葉谷ルートを登る時は、抜きつ抜かれつ 奥さんはロープウェー。
登りで宮島弥山倶楽部制作のMAPをプレゼント!!



ニイニイゼミ



7月10日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山
 終了



撮影場所は、弥山本堂裏手 現在、背後のお堂では、50日の無言行修行中。近くで騒がないよう。


2016.7.10 11時頃の弥山山頂 撮影は佐野さん


弥山登山7000回(昨年末)更新中


新しい息吹


大元公園 秋には紅葉がすばらしいスポット


キノコ


キノコ 残ってることは毒キノコ


大元公園には鹿の群れがいる


大元ルート登山道のMAPを付け替え


マムシグサの実が真っ赤になる


里見茶屋から見た幻の滝



6月23日(木)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了

前日の大雨がウソのように晴れ、一人登山でした。


最大の水量 白糸の滝



頂上のイワクラに残る、戦争中の監視所・古い展望台の土台跡。




509m 宮島で2番目に高い 駒が林山頂




6月19日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山
 終了

大元ルート・駒が林・霊火堂・大聖院ルート下山



参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・前岡聡子・林孝幸






6月5日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 
終了しました



雨の中の「セッコク」霊火堂付近




大聖院ルート6丁 里見茶屋から見た、幻の滝
雨の日にしか水が流れていません。
高さは、76mくらい。





ヤマボウシ

もみじ谷ルート 14丁 天然橋を登る途中


今回の上京で撮った写真

(文字をクリックすると写真がページに繋がります)

平林寺



靖国神社



明治神宮




5月29日(日)宮島弥山倶楽部東京支部初心者登山 関東高尾山
 
終了

参加者:仁田昌邦・正路敬子・藤原隆雄・三好紳介




ここをクリックすると高尾山登山の写真が見れます






5月23日(月) 宮島弥山倶楽部 初心者登山 雨天決行

三鬼堂にてご祈祷をしていただきました

もみじ谷コース11丁付近 ヤマドリのオスに遭遇
今からは、親子の行列が見れるかも
皆さんもチャレンジしてみてください





ハンガリーから


ブラジルから


イスラエルから


スイスから




5月15日(日) 宮島弥山倶楽部 嚴島神社お島廻り 終了

毎年1時間くらいかかるが、10分足らずで終了
カメラを構える時間がなかった。
4回の飛来(2回は夫婦で来た)
シャッタチャンスは、1回のみ
カメラマンとしては、最悪の状況
フェリーの位置も、前に船が立ちはだかり最初の2回は、見ることも出来なかった
そして、構えていた船の位置が今年は、反対側、気がついて反対側に
まわったが、観客で溢れ列の最後尾



参加者
藤原隆雄・六信さよ子・佐野秀孝・花房美保子・大林進・尾崎雄二・太谷真由美・有本ひろみ
花房友徳大友愛理・木村力
中村景子・高月峰子・久保川ちえ・友田有美・上田弘子・中山裕子・中尾知佳・金高洋子


一人足りない。写ってない方がいます。




5月8日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 
終了




参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・岩合信二・久藤和機


もみじ谷から、博奕尾コースを登る。包が浦に行くスカイ歩道とも呼ばれる道。(途中から分岐する)

  

   

途中嚴島合戦の説明文が立っている。




分岐点


【 Have a nice day 】 オランダの夫婦の 言葉が 心地よい
 

博奕尾ルートは、インターネットで知ったと言ってました。
手には、宮島弥山倶楽部製作の英語版MAPを持っていました。





博奕尾ルート 370mにある、パワースポットと呼ばれる

地面を這い回る龍のような松、背後にはイワクラを祭ったような形跡がある
とうとう、一生を終えたようだ。
木には、キノコや草が茂り始めた。
また、ひとつ350mの不思議のポイントが消える。

 



 

 

獅子岩展望台・弥山山頂が見える






 

獅子岩展望台から(ロープウエー駅)





ウリハダカエデの花が咲いている


下山途中、宮島弥山倶楽部の中川さんと遭遇、情報交換
夏には、アルプスを縦走する健脚。装備も遭難を想定したものを準備して訓練中。





大聖院ルート 13丁あたりの登山道。
修復が完了



4月23日(土) 宮島弥山倶楽部初心者登山 
終了

三鬼堂にてご祈祷をしていただきました
今回は、弥山山頂付近にある、薬師堂跡へお参りしました。
外国の観光客の方に、宮島弥山倶楽部製作のガイドMAPと折鶴をプレゼント



参加者:藤原隆雄・久藤和機・山口礼子







4月17日(日) 宮島弥山倶楽部 初心者登山
 終了





17日はロープウェーが強風のため運休、多くの方が徒歩で山頂を目指されていましたが、
地図を持ってないので、登山の概要が分からず困っている方が大半でした。
中には簡単に考え、水分を持ってない方も多く、広報の不足を実感しました。
手持ちの宮島弥山倶楽部のMAPも直ぐになくなりました。
今度は、たくさん持って行きます。
余りにも外国の観光客が多く、折鶴を渡す余裕もなく残念でした。
幸い、渡せた方は、大変喜んで写真撮影にも、気楽にOK頂きました。



宮島弥山倶楽部ではメンバーが作った、折鶴を外国の観光客の皆さんにプレゼントしてます。



 










ここをクリックすると縦走記録写真に繋がります。

2016.4.12 宮島弥山倶楽部サプライズ登山 終了




水分峡駐車場から、岩屋観音・高尾山を経由して、呉娑々宇山(ござそうやま)登頂 写真は岩屋観音

参加者:藤原隆雄・林孝幸


2016.4.5 宮島弥山倶楽部中級登山 終了

2009年1月14日以来の岩船登頂



当時に比べると、登山道はかなり整備され、幅50センチもなかった道は、2-3mの幅に整備されている場所が多かった。

参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・林秀幸


随所に赤いテープがあり、道に迷うことはなかった。


勝手にSANO岩と銘銘



当初は、以前のままの道で、マムシが出たらいやだなといいながら尾根を進む。



高安が原の向こうには、青海苔・阿多田島が見える。



唯一の水場がある。

 

分岐点には、海軍省石碑がある。三つ丸子への分岐点。



心なしか道が整備され、道幅が広くなった。
シダも刈られている。木々の伐採の跡がある。



陶晴賢の自害の地。青海苔への道の分岐点。



途中、休憩。




十畳敷岩

 



青海苔への分岐点



大川浦への分岐点

  

ますます、道幅が広くなり昔の面影はなく、普通の登山道になっている。

 




 

ギンリョウソウがあった



いよいよ登りがはじまる。途中、下山者が間違って行くので、木を組んで立ち入り禁止にしている。
10年前に初めて行った時に、下に落ちていた標識を見過ごし、真っ直ぐ行ってしまった。苦い思い出の場所。



岩船岳の名前の由来となった、岩。



 

この隙間を抜けると、岩船が近い。
その後、二つのピークを越えていく



勝手に、かまど岩と銘銘


 

 

岩船岳

 

 

 

御床浦に向かって下るが、かなり傾斜が険しく
かなり登山になれた人でも、危険な場所が多いので
やめて、来た道を戻るほうが安全。



ここを間違って真っ直ぐに行くと、全く違う場所に出てしまう。

   

かなりの急勾配を滑りながら下る。
  

下るごとに道幅が広く、整備された道になる。
 

開拓村へ出た。まもなく海岸線。



 

御床神社に着 宮島ではじめて作られた神社とも聞く





海岸の一部の場所には、鉄を溶かして砂と混じったものが落ちている。



内侍岩

 



2016.3.27撮影

何だろう





崖崩れにも見えるし、花が咲いているようにも見える。



以前の写真


弥山山中で、珍しいものを発見しました。



調べてみると、戦争中に開発された缶詰だそうです。

HPに掲載されていました。ここをクリック





心配をしています。
地元の方の話では、2年前の秋大雨の時に、大きな音がして崩落したようです。
その後、だんだん大きくなっているようです。



現在、新しいがけ崩れがおおきくなってきています。

水系から見ると、幻の滝・がけ崩れは白糸の滝に向かっています。



下の地図赤丸が現地





読売ライフ 中国版2 宮島弥山倶楽部の活動が掲載されました。





読売新聞販売所でいただけるそうです。



宮島弥山倶楽部メンバー一覧表はここをクリック


宮島弥山倶楽部 製作 弥山登山ガイド

ここをクリックすると拡大版が見れます。





取材から記事掲載まで、1ヶ月くらい経過しているので
取材後、いろいろなバージョンが配布されています。






宮島弥山倶楽部終了した行事


4月5日(火) 宮島弥山倶楽部 中級者登山 

岩船岳登山


参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・林秀幸



4月3日(日) 宮島弥山倶楽部 メンバー主催のお茶会 大聖院

4月3日(日)宮島弥山倶楽部 お茶会(大聖院)
主催:正路スマコ






4月3日(日)宮島弥山倶楽部登山 
終了しました



参加者:藤原隆雄・佐野秀孝



3月27日(日) 宮島 清盛まつり 終了しました






左 門田さん  右 大聖院住職の息子さん



中央 門田さん 左 大聖院僧侶 太観さん 右大聖院僧侶 庸裕さん



やまだ屋社長 中村さん



3月20日(日)宮島弥山倶楽部特別企画登山
 終了

藤原が、以前スペインの巡礼の道で知り合った女性(モンセ)
その後、女房と2回スペインを訪問した時に、お世話になった。
今回、広島・京都・箱根・東京を訪問
是非、弥山へ登ってみたいという要望があり、登山を行います。
下山後は、清盛茶屋で夕食会。



参加者
藤原隆雄・藤原きよえ・Montseta Rovelló(モンセ)・Natalia Lopez(17才)・城山裕子・西井美穂・藤原加恵・藤原政輝・藤原永愛(5歳)
大林進・木坂宮子・正路スマコ(夕食会のみ)



3月13日(日)宮島弥山倶楽部中級者登山


参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・林孝幸・豊川由恵・大林進




3月8日(火)宮島弥山倶楽部サプライズ初心者登山 終了

東京在住 仁田昌邦さんが帰郷されて登山を希望




参加者:藤原隆雄・仁田昌邦
・佐野秀孝


3月1日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了

今回を持って健脚登山は終了

[皇太子偲ぶ周防アルプス]



参加者:柴田純夫・山森茂生・佐野英孝・中川浩行・長代和輝・長代曉美・小林幸子・長谷川操子・山崎美和・宮石惇



2月23日(火)宮島弥山倶楽部初心者
 終了


フィンランドからの観光客にお会いしました。
この日は、ロープウェーが運休、登山客も少なく
静かな穏やかな登山になりました。
下山では、呉から来たカップルとわいわい言いながら・・・。


2月19日(金)宮島弥山倶楽部中級登山 終了しました

参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・林孝幸


2月11日(祝)宮島弥山倶楽部登山 終了

ニアミスで、別々の出発。
弥山本堂と駒が林で昼食中に連絡がとれ
大元ルート20町で合流

そのまま大元ルートを下山
不思議な格好の女性たちに会いました。
そのとき撮った写真。カメラマンは、同行の女性にお願いしました。

9町にて



彼女は地下足袋でした。





大元公園のイノシシの被害が甚大



2月7日(日)宮島弥山倶楽部 江田島市カキ祭と古鷹山登山 終了しました








2月3日(水) 大聖院 節分のお手伝い 終了しました



参加者:平山久美子・澤村享子・田中百合子・正路スマコ・門田昭彦・岩合信二・古田知子


2月2日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了しました



参加者:柴田純夫・吉山昌夫・山森茂夫・佐野秀孝・錦織 誠・長代曉美・長代和輝・小林幸子・山崎美和


1月26日(火)宮島弥山倶楽部・新年会 
終了しました

場所:丸八
日頃聞けない宮島の裏話も飛び出し、楽しい会でした



参加者
吉田正裕・藤原隆雄・荒木亮司・熊野澄雄・中川洋・荒瀧文代・正路スマコ・山森茂生・木坂宮子・大林進
林孝幸・門田昭彦・大久保ともみ(一般)・栗原典伸・栗原さんの奥さん




1月23日(土)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了
サプライズ登山
三鬼堂にて、ご祈祷をしていただきました。


大聖院ルート 15丁 堰堤付近で
フランスから、広島からのお客様



1月18日 サプライズ登山


本日のご褒美


幻の滝(大聖院ルートから)

 
奥の院ルート

御山神社へ
 


 

 

 
石鎚神社(宮島遥拝)


 
フランス・タイ・中国・アメリカの方々に、折鶴とMAPをプレゼントした。

1/19 FACEBOOKにも写真を掲載。
 




1月15日(金)宮島弥山倶楽部中級クラス登山
 終了しました

歴史探索


参加者:吉田正裕・藤原隆雄・佐野秀孝・豊川由恵・中村一夫(一般)・岩合信二・観光客



1月10日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山
 終了しました






 





 



 



1月5日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了

新年登山・弥山



柴田純夫・吉山昌男・山森茂生・佐野秀孝・錦織 誠・長代和輝・三田千秋・中川浩行・小林幸子・長谷川操子・長代曉美・山崎美和・宮石惇


12月30日(水)宮島弥山倶楽部サプライズ登山 終了






オーストラリアから


オーストラリアから



念仏岩付近から

弥山 薬師堂跡の洞窟


12月23日(水・祝)宮島弥山倶楽部サプライズ登山 終了





12月20日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山・年末お賽銭回収
 終了

大元ルート・奥の院


参加者:藤原隆雄・久藤和機・佐野秀孝・林孝幸



















12月13日(日)
奥の院ルートの草刈に行きました。

 


 






12月6日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 
終了

宮島弥山倶楽部初心者登山では、草刈ボランティアを行いました。

集合写真は、大聖院で出会った、アメリカ在住の方に、折鶴プレゼント。
一緒に記念写真撮影。草刈は大元ルートを下山。
大元神社では、5時過ぎていました。あたりは暗く。そのまま大聖院へ道具を返しに・・・・


参加者:藤原隆雄:岩合信二



12月1日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山・年末お賽銭回収
 終了しました



参加者
柴田純夫・吉山昌男・山森茂生・佐野秀孝・宮石惇・錦織誠・長代和輝・長代曉美・小林幸子・長谷川操子・山崎美和
岩合信二



11月23日(祝・月)宮島弥山倶楽部初心者登山 
終了しました

今年の紅葉は、残念な結果でしたが
宮島は多くの観光客が多かったです
この日も、天候は曇りのち雨の予想
22日が観光客の数 一番のピークだったようです。帰りの船は、1時間待ち

急遽、紅葉の散策はやめて
弥山へ向かいました。

三鬼堂で、ご祈祷をおねがしました。

藤原は、母の月命日
岡部さんは、お父さんの命日(知らなくて来られたようですが、何かのご縁を感じました)

山本さんは、膝が悪いのでロープウェーで往復、弥山本堂で待ち合わせ。

下山で、岡部さんが膝を痛めたので

大聖院の茶室で、宮島弥山倶楽部のメンバーの正路スマコさんのお茶会に参加

その後、日没近い時間帯に、大元コースに自生している、豆柿の見学
大元公園も、紅葉は終わり、1本のみが最後の輝きを見せていました。



参加者:藤原隆雄・山本正一・岡部利行・岩合信二




 






11月15日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了しました

紅葉を眺めながらの登山
参加者二人だったので、集合写真は撮っていません。




  

 

 
ウリハダカエデが美しい                弥山本堂前の広場

大聖院秋の大祭 火渡り神事
 




11月7日(土)弥山を登り続けて 7000回
 




 



折鶴をプレゼント

 

4時30分 雨も降り出し半分刈った段階で中止




半分以上がシダに覆われていました



11月6日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了

[三鬼さんと紅葉狩り・福王寺山]

福王寺三角点から、石州街道一里塚まで探訪。



参加者:錦織誠・柴田純夫・吉山昌男・山森茂生・佐野秀孝・中川浩行・宮石惇・長代曉美・長代和輝・山崎美和




10月25日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山

案内人 藤原の体調不良のため、中止しました。



10月20日(火)宮島弥山倶楽部 登山道草刈ボランティア
終了しました


大聖院登山口から、賽の河原までの、約1000mを二人で
草刈。枝落としを行いました。
その途中に、出合った外国の方に、折鶴をプレゼント

オーストラリア・ベルギー・ドイツ・フランスなどの方に渡しましたが
作業の途中。写真を撮る余裕がありませんでした


写真は、ベルギーから来ていた二人 4週間の日本旅行だそうです。
里見茶屋展望台で、13時作業途中、昼食を食べている時に、カメラを取り出して撮影。

また、同時に作業をしていた、宮島支所・広島県農林課のかたも
作業の途中に、マムシ注意の張り紙を貼っておられました。




10月18日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了しました

今回は、通訳協会の谷本さんと登山
案内をしながら、折鶴を外国の方にプレゼント
宮島弥山倶楽部で作った、MAPを手渡しながら
英語の勉強会でした






10月14日(水)宮島弥山倶楽部 石鎚山登頂・宿泊  無事終了

参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・西井美穂・豊川由恵




写真には、石鎚神社広島分社の宮司 初谷忠彦さん(御山神社のばばさんのひ孫さん)

右下は、大聖院へ勤務され、縁あって松山の極楽寺の副住職になられた、白井祥雲さんとご住職夫妻



10月6日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 
無事終了

天狗駆ける鉾取連山縦走


参加者:吉山昌男・佐野秀孝・長代和輝・長谷川操子・長代曉美・山崎美和



10月3-4日 弥山お泊り会 無事終了


(夕日を見て、星空を見て、日の出を見て、三鬼堂で朝のお勤め)


弥山霊火堂 3日 15時集合 4日10時解散





弥山山頂からの日没
展望台は、17時~9時まで
施錠されますので、登ることは出来ません。
トイレは24時間使用できます。


弥山本堂から見た、夜空


弥山頂上 夜空は市街地の明かりの影響で思ったよりも見えませんが
神秘的な場所です。


参加者
藤原隆雄・黄幡仁子・ルディムナ・クリスチャン(一般)・門田昭彦

光本茂記(一般)・長谷川操子・レヴィ・アルヴァレス・クロード(一般)・にしざき ようこ

山本修司さん家族(大人2名 子供3名)




9月27日(日) 宮島弥山倶楽部サプライズ登山


藤原はぶらりと、一人でもみじ谷ルートから霊火堂、そして大聖院ルートを下った。

途中から、林さんと合流、くだりは二人となった。
久しぶりに、折鶴を外国の観光客の方々にさしあげた。

なかなかエンジンがかからず、写真を撮ったのは二組だけ

ニュージランド・フランス・ドイツ・などの方々だった。

霊火堂では、フランスの家族の下の娘さんが転倒して

膝を怪我し、出血があった、手持ちのバンドエイドを渡し

折鶴をプレゼントしたら、泣きなんだ

お姉ちゃんも欲しそうにしていたので、プレゼントしたら

ありがとう と言われた。






 
亡くなった、母の地蔵さんを連れてきた。
これが、今日の目的。



 

 




9月20日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山
 終了

今回は、林さんが連れてこられた方々と弥山本堂で合流 一緒に記念写真



参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・林孝幸・お友達

 

 

 










9月13日(日)大聖院 万燈会 宮島弥山倶楽部コンサート


点灯ボランティ・コンサート




 



 


 

 





出演者

井手畑隆政夫妻(津軽三味線)
AKI(二胡)
中家志乃・塩谷るみ姉妹(ボーカル)
にしざきようこ(クリスタルボウル)
Marias(ライア演奏・ボーカル)
Maco(ボーカル)



ボランティア参加者:藤原隆雄(撮影担当)・荒瀧文代・平山久美子・大原真理子・大林直美

中川雪絵・竹島文江・新谷洋子・廣実郁子・堀江康子・大林進・木坂宮子・中川雪絵

コンサート関係手伝い 2名(出演者 8名)




どこか、分かりますか?

仁王門・大日堂・覚鑁堂・鐘楼・観音堂・文殊堂・伊勢遥拝所・毘沙門堂・白山神社・十一面観音・月輪・日輪愛染堂・阿弥陀堂・行者薬師堂・歓喜天・
他にもたくさんの建物・鳥居がありますが、ご存知の方は、教えてください。特に頂上の建物・鳥居はまったく不明です。


8月30日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了
うっかり、集合写真を撮るのを忘れていました。
 
珍しいキノコと枯れ木に出来たサルの腰掛

雨の翌日ですが、幻に瀧には水は流れていません。少量なのでしょうか。


8月23日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了


参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・久藤和機



8月2日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 猛暑のため 藤原のみの登山終了













7月22日(水)宮島弥山倶楽部 夏の親睦会
終了しました



参加者:吉田正裕・藤原隆雄・滑純雄・熊野澄雄・大林進・栗原典伸・栗原奥様・正路スマコ・山森茂生
荒木亮司・林秀孝・林奥様


7月20日(月・祝)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了しました

参加者:藤原隆雄・西井美穂・佐野秀孝・久藤和機


7月14日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了しました

高松山・タタラ・宮島とのご縁


参加者:

 山森茂夫・柴田純夫・佐野秀孝・宮石惇・吉山昌夫・三田千秋・中川浩行・小林幸子・長谷川操子・桧垣和俊・山崎美和


7月5日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山  終了しました

参加者:藤原隆雄・林孝幸・久藤和機



6月21日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了しました

大元ルート・博奕尾ルート



参加者:藤原隆雄・仁田昌邦・佐野秀孝・久藤和機・大林進・林孝幸


 



 

 

  


6月7日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山  歴史探索 終了しました

参加者:藤原隆雄・林孝幸

動画が見れます(下の番号をクリックください)
NO.1NO.2NO.3
NO.4
NO.5


6月2日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了しました
[元就公偲ぶ極楽寺山]



参加者

山森茂夫・柴田純夫・佐野秀孝・長代和輝・宮石惇・三田千秋・小林幸子・山崎美和・長谷川操子・長代曉美・中川浩行

ちょっとだけ、藤原隆雄 参加(極楽寺頂上まで車で行き、集合写真を撮って帰還)


5月31日 宮島弥山倶楽部サプライズ登山 
終了しました

 

参加者:藤原隆雄・豊川由恵・久藤和機


  


 

カエルは見つからない色  右はウリハダカエデの種(まもなく茶色に変わる)

 

右は木ブドウの実



   

セッコクの花

 

パリから来た女性 帰りに清盛茶屋ですり氷を食べたらしい

 
ヤマドリのオス

 
サルの群れに遭遇


食虫植物

5月24日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了しました


参加者:藤原隆雄・岡部利行・黄幡仁子・林孝幸夫妻

お不動さんのお祭りでした








オオルリに遭遇








5月19日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了しました。
[市杵島奉る鬼ヶ城山縦走]

参加者
吉山昌夫・山森茂夫・柴田純夫・佐野秀孝・宮石惇・小林幸子・山崎美和・錦織誠・長代和輝


5月15(金)御島廻式  終了しました



参加者:佐野秀孝・豊川由恵・藤原隆雄・尾崎雄治・大林進・六信さよ子・坂本昌子

木村力さんほか



5月10日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山終了



参加者:藤原隆雄・澤村きょうこ・大友愛理・林孝幸・田中百合子



4月26日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山


新緑の美しい季節。山頂は大混雑でした。
昼食は、秘密の場所で、静かに食べ
大聖院コースを下山。
途中、パリ在住の親子やアメリカから来た初老のカップルと
折鶴のプレゼントや、会話を楽しみました。




参加予定者:藤原隆雄・久藤和機・岡崎照美・清水俊彦(一般)・豊川由恵



4月19日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山
 終了しました
霧雨の弥山
霧雨の中、素敵な登山でした
下山して、40年らいの知人
野村鸞の能面の作品展に行きました。



参加者:藤原隆雄・大林進


4月18日(土)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了しました
[鬼ヶ城山]佐伯~吉和へ縦走。
三鬼さんを思う

PHOTO by SANO

参加者
吉山昌夫・中川浩行・柴田純夫・佐野英孝・長代和輝・小林幸子・長代曉美

山崎美和・猪谷彦太郎
・錦織 誠長谷川操子


4月12日 宮島弥山倶楽部サプライズ登山 終了
9日に行った、竜宮伝説般若姫が見た宮島の地を弥山山頂から見ました。
参加者:佐野秀孝・豊川由恵・久藤和機・荒木亮司・藤原隆雄




熊毛王国があったといわれる場所
山口県光市岩城山
田布施のそばにある、近所には伊藤博文の生まれた場所があり、
奇兵隊の練習場も残っている
明治の歴史にも大きなかかわりがあったことと
そして、古代に大きな歴史遺産がある。





























 











岩城神社


 

大正15年 昭和天皇が皇太子の時に来られている





岸信介氏 佐藤栄作氏 記念碑







宇和奈利社






磐山神社

 
若宮社






日本神社


さざれ石



この平野は、昔は海。船が往来をしていた。



あの山の向こうには、宮島が一望できる場所がある


そこは、次回の楽しみに




以前、問い合わせをした時の回答文章です


宮島にある記念碑


宇部にある記念碑(メンバー佐野さん撮影)



珍しい植物に花が咲いていました


クモラン






使われた資料と写真の一部です









  

 

 




 












 

 

 



 



笛の動画はここをクリックすると聞けます



4月5日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山
桜を見ながらトレッキング


参加者:金尾哲也・藤原隆雄




3月29日(日)宮島弥山倶楽部中級登山
 
終了

参加者:猪谷彦太郎・佐野秀孝・藤原隆雄


嚴島合戦の歴史探索
高安が原にある、陶晴賢の自害の地へ行って来ました。



3月15日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山
 終了

参加者:藤原隆雄・仁田昌邦・佐野秀孝



3月10日(火) 宮島弥山倶楽部健脚登山 終了しました

[呉裟々宇山縦走・宮島眺望]




吉山昌夫・錦織誠・長代和輝・宮石惇・中川浩行・柴田純夫・佐野秀孝・長代曉美・小林幸子・山崎美和
桧垣和俊・山森茂夫



3月8日(日)宮島弥山クラブ初心者・一般登山
 終了

奥の院のピンクの椿を見学

参加者:藤原隆雄・佐伯桃子・大友愛理






2月22日 宮島弥山倶楽部初心者・一般登山 終了

不思議なものを見つけました
動画でごらんください
ここをクリック


参加者:藤原隆雄・平山久美子・梅田正美・黄幡仁子

今回は、ドイツ・フランス・スイスの方に折鶴を差し上げました


2月15日(日) 宮島弥山倶楽部中級者登山  終了
参加者:吉田勝己夫妻・藤原隆雄・佐野秀孝・黄播仁子


久藤和機(体調不良のため、急遽不参加)



2月11日(水・祝)宮島弥山倶楽部初心者・一般参加登山 終了しました

もみじ谷コースのパワースポット見学・頂上・大聖院コースを下山



外国の観光客のみなさんに、メンバーが作った折鶴をプレゼントしながら、のんびり3時間かけて登りました。


参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・谷増惠子(一般)・原田穂津枝(一般)・荒瀧文代・栗原典伸(一般)


2015年2月6日 中国新聞朝刊から




2015年2月5日 中国新聞朝刊から




2月3日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了



参加者

中川浩行・錦織誠・山森茂夫・三田千秋・長代和輝・吉山昌夫

小林幸子・長代曉美・長谷川操子・山崎美和・桧垣和俊



2月1日(日)宮島弥山倶楽部 江田島古鷹山登山

参加者:藤原隆雄・吉田勝己夫妻





1月27日(火)宮島弥山倶楽部 新年会 
終了しました

参加者

藤原隆雄・尾崎雄治・桧垣和俊(一般)・熊野澄雄・吉田正裕・滑純雄・岡本順治・宮石惇・中島幸司(一般)
山本正一・荒龍文代・正路スマコ・小林幸子・木坂宮子・平口さとみ





1月18日(日)宮島弥山倶楽部中級クラス登山 終了しました



参加者:藤原隆雄・大林進・岡崎照美・西崎祐子・熊野澄雄



1月13日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了しました

 


参加者

小林幸子・長代和輝・中川浩行・三田千秋・錦織誠・
佐野秀孝・長谷川操子・桧垣和俊(一般)
長代曉美・山崎美和・柴田純夫・吉山昌夫


1月11日(日)宮島弥山倶楽部一般新年登山 終了しました

参加者:久藤和機・大林進・佐野秀孝・藤原隆雄







2015.1.6 弥山単独登山から 


当初、健脚登山予定だったのですが
天候不良のため、13日に延期になりました
6日は、登山用にスケジュールを空けていたので

一人でのんびり登山をたのしみました。
 



まずは、今年はじめなのでお参り




 
もみじ谷コース、登山道入り口にあるトイレ

ここを過ぎると、霊火堂下のトイレか、展望台トイレしかありません


 

イノシシが倒木のなかにいる、虫を取る為、食い散らかしています。




大砂利を見下ろす場所。



大正15年に建てられた記念碑


  

展望台には、ほとんど人の影はありませんでした。
汗をかいて登って来た人も
展望の悪さと、寒さを避ける場所もなく
売店もなく、直ぐに下山をしていきます。




建物には、黒カビが生えて、1年前に建てたものとは
思えません。

 
トイレは、女性2個しかないので、土日には大行列が出来るそうです

苦情が出たのは、国際的に見て、トイレのドアは
押すのか?引くのか?横にスライドするのか
分からないと行くことです。
ノブも、引き手の下に小さくあるので
使用中か分からない。(普通 赤・青で表示されます)


男子トイレは、大用が1個 小用が2個
 

紙が貼っているので、この時期は使えない。(凍結している)
幸い、6日は、暖かかったので
水は出ましたが
この紙を見て、開けて使えるかどうか確認する人がいるのか
疑問です。






 

建てかえる前から、凍結で使用できななったので
この機会に、改善をして欲しかったです。


2階の休憩所
この日は、雨でしたが、雪が降っても同様でしょう

 



1階から3階に上がる階段は天井がないので
雪が降ると、階段が見えないほど積もります。
雨が降ると1階のフロアーに滝のように降りそそぎ
水浸しです





とにかく、やたら壁に注意書きばかり目立ち
美観を損ねています











新しく出来た、標高を示す看板が出来ています



 


観光客は、古い標識看板の前で写真を撮ってました。


<以前、宮島弥山倶楽部で紹介した問題点>

『ご存知でしたか、雨や雪の日の弥山展望台!』

『利用者にとっては衝撃的な状況をレポートします。

1。2階は危ないので未だ使用出来ません。(現在は使用できます)
2。雨がふれば屋内は、雨漏り、水漏れ状態です。
3。トイレに降り込む雨や雪。(改善されたようです)
4.冬は水道が凍結して、トイレも閉鎖しなくてはなりません。
5.雪が降ると展望台への階段は積雪と凍結です。

利用者は大変困っています。




  
展望台に上がる階段


雨が降ったら、雨漏り状態?

原因は、3階展望台に上がる、階段に天井が付いてないので
雨が降ると、そのまま地下まで
流れ込んでしまう。

<3月26日 撮影>
こんな日に登って来た観光客は、座るところもなく
弁当を食べる場所もない
雨の日に上がらないのでは、なく、観光客は
天候に合わせて来ていないので
しかたなく(現状を知らなく)登ってくる


地下のトイレの入り口は、上から水漏れ状態

 

地面には水溜り


 

天井からこのような水しずく、傘が必要



男子トイレは、上の明りとりの
柵は、ガラスが入っていないので
雨が降ると、トイレに降り込み
トイレットペーパーが濡れてしまう
(現在、改善されています)



売店予定地の外は、こんな水溜り
水の逃げ道がない

知ってますか?

三姫が厳島に来た頃は、厳島とは呼ばれてなかった

「恩賀島」またの名を「墨松原」

<追加情報を頂きました>

 厳島は平清盛時代から、宮島も高倉院御幸記に出てくるからその頃から、その前は伊都岐島。伊都伎島、伊津岐島、市杵島、伊津久島なども・・。
 古く(三姫ご鎮座の頃、またはその前)は御香島(オンガシマ・オガシマ)、我島、宮岳、墨松島(スミマツシマ)、霧島、恩賀島(オンガシマ)など。
 と、とある本にあります。
 
平野 清

どこでしょうか?

 



12月23日(火祝日)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了しました



参加者

藤原隆雄・吉田勝己・佐野秀孝・西崎祐子・観光客・黄播仁子

吉田(奥様)・荒木亮司(仁王門合流)・久藤和機


今年の紅葉

大元公園




12月14日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山  終了

珍しい場所に行きました


参加者:藤原隆雄・佐野秀孝・久藤和機



12月2日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山  終了

清掃登山

参加者

藤原隆雄・長代和樹・錦織誠・宮石惇・桧垣和俊(一般)・三田千秋(一般)・youyu(大聖院)・山崎美和・猪谷彦太郎・吉山昌男

長代暁美・山新孝子・小林幸子・長谷川操子




朝日観音を目指して、多宝塔コースを登ります。

 

シダが生い茂る道になっています。左の写真は、ヤドリギ

 
ミヤジマ・ママコナ        


  

                                                              十畳岩と銘銘

 

江戸時代ノ絵図には、ここが「夕日観音」と呼ばれていた場所のようです


 

朝日観音に到着

 



  

 つらら発見、積雪もあり



    
駒が林山頂にて昼食
   
大元コースにある、三姫の石仏




一般の登山道なので、ごみを捨てる人が多く、山中のごみを回収しながら

 


左は大聖院コース 白ひげ地蔵のある場所 右は元文3年に寄進された町石(吉宗の時代)

 



賽の河原(昔は、不動岩とも言われた時代がある)

  

   



大聖院コース 賽の河原にて
  
町石最古と言われる 8丁(1599年寄進)       イズセンリョウの実                里見茶屋にある町石




 

滝の宮神社付近には、トサムラサキの実があった

 

シャシャンボーの実  懺悔地蔵

 



 

サカキカズラの実                                    




 



11月30日には、本隊が行けないルートの清掃登山と賽銭集めをしました

参加者 :久藤和機・佐野秀孝・藤原隆雄


  

  

 





11月24日(月)宮島弥山倶楽部初心者登山 終了

紅葉の時期です
写真教室を兼ねた、もみじ狩りを行いました




参加者
藤原隆雄
大下修二・(一般)石部義雄(一般)大林進・山本正一

大下陽子・中西和枝(一般)・黄幡仁子


11月16日(日)宮島弥山倶楽部初心者登山
 終了
紅葉見物・歴史の場所へ寄り道
大元コースを登りました
参加者
岡山から来れてた、高野親子・岡部利行・大林進・佐野秀孝・高島憲治
藤原隆雄
・黄幡仁子(一般)・やまもとのりこ



11月8日(土)宮島弥山倶楽部健脚登山  終了



参加者
錦織誠・宮石惇・柴田純夫・猪谷彦太郎・吉山昌男
山新孝子・長谷川操子・山崎美和・桧垣和俊長代和輝

リタイア黒木隆信


10月7日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山
  終了

吉田松陰 涙の街道を玖波宿へ

参加者
黒木 隆信(一般)・大林進・檜垣和俊(一般)・柴田純夫・吉山昌男・長代和輝(一般)・錦織誠(一般)
佐野秀孝・小林幸子・山新孝子・長代曉美・長谷川操子・山崎美和・




9月28日(日)宮島弥山倶楽初心者登山
 終了



参加者

梅田正美・藤原隆雄・中本恵美子・大下陽子・猪谷彦太郎・大林進・大下(ご主人)・吉田勝己夫妻・佐野秀孝・岡部利行







9月21日(日) 宮島弥山倶楽部初心者サプライズ登山 終了


参加者

猪谷彦太郎
佐野秀孝・吉田勝己夫妻
藤原隆雄・久藤和機
・大林進・岡部利行


源平合戦の時、壇の浦で入水した二位の尼の遺骸が宮島に流れ着いたという話。
石碑があります。


大元公園の血仏の碑の池(イノシシが掘ってます)

登山道にもイノシシの被害(古木の虫を狙って)


富士岩(7町付近)
 




16町手前にある 風穴
夏場は18度くらいの冷風が出てくる不思議な穴
今日は、気温が低いのでつめたい風を感じる程度


大聖院コース クジラ岩付近
登山道を横切るマムシに遭遇
気がつかないで踏むところだったらしい

 
写真は登山道から逃げたところを撮影
しつこく撮影をしていたら
臨戦態勢に入ったので、撮影は中止



 

 
やたら、赤いテープと木に直接書いた文字が目立つ

 

面白い松があった。サルトビイバラが多く、怪我をする。

  





 

今度、行ってみよう


スカイ歩道に倒木があった

 
もみじ谷に下る道との分岐点



博奕尾コースは、紹介してはいけないとされる登山コース
観光客は登らない
だいぶ、登山道が荒れてきている
シダが伸びて、登山道を覆い始めている。
登山道自体は、今年の長雨のせいか、土が流され
かなりえぐられているので、下山に苦労した。



【昨日21日の大元・博奕尾コース】の話題について、5点追記。
 
1.宮島来島者数  :「廿日市市観光情報」
 
 8月末で昨年度の97%、約8万人減少。
 6月末までは99%、7月末98%、8月末97%とじわじわ減少中。
 
2.大元大明神  :「厳島道芝記」(昭和46年宮島町版P73)
 
 御殿、艮(うしとら)向きにて、鳥居は巽(たつみ)向きなり。
 長浜恵比寿とこの御社と両方、向かいたたせます。
 鳥居はいづれも海の面へ向きて、社と相そむけり。
 舟管絃は長浜にてはじまり、大元にて終わる。
 
 (昨年H25年408万人、H24年403万人、H23年363万人)
 
3.「五ツ岩」の地名が、現在の宮島の地図にありました。
 「三ツ石」の地名もありました。どちらも弥山の博奕尾ルートにあります。
 
4.博奕尾ルート  :「厳島道芝記」(昭和46年宮島町版P209)
            :「棚守房顕覚書」8昭和50年宮島版P16)
 伊予国北条の地頭多賀谷氏(多賀江氏とも)は、倉橋島から
 祭礼中の厳島神社に乱入、警固衆と対立、矢を射る騒動となった。
 
 さらに蒲刈島からも160~170艘の船がおしよせたが、
 神域なので社家が追い払うと、杉の浦へ下り博奕尾から進み、
 有の浦や滝の小路の民家に放火するなどの暴挙に出た。
 
 折から風雨が強くなり敵は退き始めたが長浜沖で沈没。
 その後、この多賀谷氏らの幽魂が宮島付近に出没し、
 船舶に障害が出たので、鳥居の洲で念仏供養を行ったのが
 宮島踊りの発祥である。
 
5.陶軍の出城  :「伊都岐島」(昭和51年厳島神社社務所P52)
 
 弘中は、大聖院で最後の抗戦を試み、出城跡で戦い、
 更に龍ヶ馬場の険によってどこまでも抵抗しようとした。
 
 添付されている厳島合戦要図(天文24年9月30日~10月1日)では、
 出城は、多宝塔から龍ヶ馬場の途中に有ります。(現在は?)
 
以上、長文で申し訳ありません。ご参考までに

参加された猪谷さんから





たたら遺跡
山野で見つかった不思議な煙突

 

地面に突き出た煙突 そばには右の写真のような枠
その下には、火をたいた形跡(左下の写真)

  
右は、生活用のかまどらしきもの、そばには貝殻が散乱していた

銅を溶かすには、貧弱
製塩ではないかとも
それにしても、山中にこのような遺跡があるとは

この冬には、再度行きます。



9月7日(日)宮島弥山倶楽初心者登山 終了

40年前の写真をめぐって 山辺の古径経由、弥山山頂へ



参加者:藤原隆雄・三川礼子・黄幡仁子・佐野秀孝・猪谷彦太郎・久藤和機


9月2日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了
[己斐城主を偲ぶ]



参加予定:山崎美和・小林幸子・錦織誠・山森茂夫・佐野秀孝・宮石惇・吉山昌男・長代暁美・長代和樹
熊野澄雄・長谷川操子・猪谷彦太郎



8月31日 宮島弥山倶楽部 大砂利宮島農園でブドウ収穫体験 終了しました




8月24日(日)宮島弥山倶楽部 宮島をヨットで一周(七浦廻り)・無人島上陸

天候不良のために延期しました


冒険家の山下健一さんにお願いしています。

定員 9名まで先着順

<細かいことは未定>

集合場所:宮島松大船乗船口 集合時間:いつものように、8時20分集合 乗船は宮島から

参加費:6000円(メンバー・メンバー同伴を基本にしますが、メンバー優先とさせて頂きます)

持参品:弁当・水・タオル・日焼け止め・虫さされ対策

参加予定者者:藤原隆雄・久藤和機・大友愛理・辻三和・大友(8歳息子さん)



詳しい説明は改めて











明治29年に出された印刷物より 白糸の滝






明治29年に出された印刷物より 弥山山頂




明治29年に出された印刷物より  鏡池が3箇所あります。




明治29年に出された印刷物より  もみじ谷



7月28日(月)宮島弥山倶楽部 夏の親睦会 終了しました



参加者:吉田正裕・山崎美和・藤原隆雄・滑純雄・大林進・尾崎雄治・熊野澄雄・山森茂生
宮石惇・浅井操・吉山昌男・小林幸子・梅田正美・山本正一・松田曄功・岡本順治・門田昭彦



弥山展望休憩所が2階を改装してリニューアルオープンです

参加者:山崎美和・藤原隆雄・佐野秀孝・門田昭彦・中本恵美子・猪谷彦太郎・成東良恵
松田曄功・松田貴子・久留島裕子・吉田正裕・三分一博志


 7月1日(火) 宮島弥山倶楽部健脚登山 サプライズ登山終了
宮島スペシャル 超健脚向(岩)



参加者:山崎美和・宮石惇・猪谷彦太郎・錦織誠・柴田純夫・長谷川操子・佐野秀孝・中川浩行・長代暁美・長代和輝

7月1日(火) 宮島弥山倶楽部初心者登山 サプライズ登山 終了





6月22日(日) 宮島弥山倶楽部初心者登山 終了


参加者:藤原隆雄・大林進・・西崎祐子・猪谷彦太郎・佐野秀孝・成東良恵






蘇えれ、弥山毘沙門堂   (CGで再現)
宮島弥山倶楽部メンバー 山下英司さん提供

 天保年間の弥山毘沙門堂想像図で、資料は僅かに残された絵葉書による古写真と、
厳島図会等の絵図、平面は慶安3年の資料にて3間5尺5寸四方、
元和9年の資料より面4尺5寸脇3尺の厨子が存したものとして作成しています。 
繁垂木1軒、屋根入母屋柿葺き、懸造り ( 舞台造り ) 、
一間四面堂の流れを継承する御堂として適宜に想像していますので、決して正確なものとは言えません。 
只、明治40年の焼失によって失われるまではこんな感じの御堂が弥山頂上直下に存在していましたよという事になります。 
現在は昭和期再建の毘沙門堂も失われ、且つ岩石の崩落等もあり、立ち入り禁止の処置がなされています。 
唯一、大岩に刻み込まれた基礎柱の痕跡のみが、往時の面影を物語っております。 

沿革
 弥山毘沙門堂が資料として歴史に登場するのは正安2年 ( 1300 ) の伊都岐島社未造殿舎造営料言上状案の中で水精寺御堂、
大日堂と共に表れるのが最初になります。 
その後、長期に渡り資料は見当たらず、
天正年間の厳島内宮外宮神事年中行事の中で弥山毘沙門堂が存続しているのが確認出来、
元和9年 ( 1623 ) の宮島社堂塔付立下書の中では、その規模も記されてきます。 
それによると、柱間寸法9尺間3間四方で、慶安3年 ( 1650 ) の厳島社間数目録の3間5尺5寸四方との間で明らかに規模が縮小されており、
この間に再建された可能性もあります。 
その後、安永6年 ( 1777 ) 天明3年 ( 1783 ) に屋根の葺き替え、
天保3年 ( 1832 ) には再建、
明治40年 ( 1907 ) 焼失、昭和25年から30年の間に近世毘沙門堂再建 ( 小規模な御堂 ) 、平成3年 ( 1991 ) 消失となります。





現在の姿、もう少し左かもしれません。











沿革
 弥山毘沙門堂が資料として歴史に登場するのは正安2年 ( 1300 ) の伊都岐島社未造殿舎造営料言上状案の中で水精寺御堂、
大日堂と共に表れるのが最初になります。 
その後、長期に渡り資料は見当たらず、
天正年間の厳島内宮外宮神事年中行事の中で弥山毘沙門堂が存続しているのが確認出来、
元和9年 ( 1623 ) の宮島社堂塔付立下書の中では、その規模も記されてきます。 
それによると、柱間寸法9尺間3間四方で、慶安3年 ( 1650 ) の厳島社間数目録の3間5尺5寸四方との間で明らかに規模が縮小されており、
この間に再建された可能性もあります。 
その後、安永6年 ( 1777 ) 天明3年 ( 1783 ) に屋根の葺き替え、天保3年 ( 1832 ) には再建、明治40年 ( 1907 ) 焼失、
昭和25年から30年の間に近世毘沙門堂再建 ( 小規模な御堂 ) 、平成3年 ( 1991 ) 消失となります。

 弥山毘沙門堂を鐘楼堂辺りから望んだ想像図で、懸造り構造が解り易い様にレンダリングしています。 
ところでこの毘沙門堂、絵図や古写真から判断しますと、壁面が大きく開放されています。 
何とも不思議な感じで、これでは大風に見舞われた場合、即倒壊の危険性があります。 
従って、半蔀戸的な扉が存在し、非常時にのみ開口部を塞いでいたのかも知れません。 
残された古写真は如何にも解像度が低いので、判断がつきませんでした。 
 次に、大岩に刻まれた柱座の間隔についても疑問が湧いて来ます。 
元和9年当時、柱間寸法9尺、慶安3年で柱間寸法8尺と記録されているにも拘わらず、6尺5寸の間隔もあるのです。
 事によれば、天保3年再建時、さらなる縮小が行われたのでしょうか。 
尤も厳島図会を見る限り、規模は慶安3年と同一ではあります。
 さて、内部に見える厨子の中には本尊毘沙門天像が安置されています。
 毘沙門天は別名多聞天とも呼ばれ、帝釈天に仕える四天王の一人として北方の守護神になります。 
芸藩通史よれば、本尊長5尺余、腹内に十躰 ( 厳島図会では千躰 ) の毘沙門を納む、となっています。 
このご本尊は昭和後期に盗難に遭われて現存しておりませんが、最近になって多少とも情報が入り、事によればその消息を掴めるかも知れません。
 また、年中行事の項を見れば、正月元日より7日まで修正会 ( 年始の法会 ) が行われており、
6日には老若男女を問わず毘沙門堂に参蘢して龍燈 ( 海上に浮かび上がる灯火、蜃気楼と思われる ) を臨観する風習もあったようです。 
元来、未の刻 ( 午後2時 ) 以降の弥山参詣は戒められておりましたが、この日ばかりは何の崇りも起こらないとされていました。
 その他にも毎月3日には修正勤行が行われておりましたので、芸藩通史ではこの毘沙門堂を水精寺と号す、としています。 
現在では、明治40年の毘沙門堂消失以後、修正会は行われていません。 
替わりに近隣の山鬼堂にて、新年のご祈祷が15日まで行われています。


 毘沙門堂を正面側からレンダリングした想像図です。 
内部に須弥壇と厨子を擁し、四天柱と来迎壁を設けているのは往古の大日堂を参考にしています。 
ここらで、作成してはおりませんが、この毘沙門堂近辺の状況を述べてみます。
 図の向かって左手前側には岩屋不動があり、明治期の古写真では入り口に木製の門があります。 
現在は岩石崩落の懸念もあり、立ち入り禁止となっています。 
また、岩屋不動の前面には木製の無明の橋 ( 平橋 ) があります。 
1650年の資料では、長さ1間半、幅四尺となっていますが、現在では鉄板に置き換えられています。 
但し、下側から覗き込まないと気付かないと思います。 
次に、毘沙門堂の向かって後方右下には、平宗盛寄進の梵鐘を吊るす鐘楼堂があります。 
その鐘の銘には伊都岐島弥山水精寺、平宗盛寄進、治承元年2月 ( 1177 ) 等の文字が鋳込まれています。 
この銘文を見る限り、1177年当時、弥山山頂付近に弥山水精寺が存した事の証明にも成り得ますが
実は治承元年2月というのが曲者で疑問視されているのです。
 と言うのも、治承元年は8月以降になりますので、2月という事は有り得ないのです。 
ここは一つ、梵鐘の成分分析を行い、産地を特定出来れば、もう少し詳しい事が解るかも知れません。 
この梵鐘も台風19号にて鐘楼堂が破損、修復を待たずして台風18号により倒壊し、現在は弥山本堂内に保管されています。

水精寺は何処か
 沿革の所で、正安2年に弥山毘沙門堂が初めて資料に登場したとしていますが、実は別の見解もあるのです。 
それというのも、この伊都岐島社未造殿舎造営料言上状案によると、水精寺御堂2宇、すなわち、
大日堂、毘沙門堂等は厳島では無く、外宮側、即ち地御前に存していたと読めるのです。 
事実、ここのところは専門家の先生方においても意見が分かれている様です。 
具体的に述べますと、最初に内宮側 ( 厳島 ) の社殿がその造営料と共に記述され、
続いて外宮側 ( 地御前 ) の社殿が列挙されており、水精寺関連の社殿はその後に記載されているのです。
 記載順序に重きをおいて考慮しますと、水精寺は外宮側に存在していたとするのが妥当です。 
しかし、そこに記述されている堂宇、 大日堂、毘沙門堂他を、
その後の記録と照らし合わせて検証してみますと、途端に合点がいかなくなります。
 と言うのも、外宮側の記録には前記の社殿が現れて来ないのです。
 毘沙門堂のみは後世、元和9年 ( 1623 ) の記録で2間四方の小堂として登場し、
その本尊毘沙門天像は時代判定で平安末から鎌倉初期の造立とされています。 
それ以外の大日堂、小社3宇、同拝殿、同坊舎4宇についてはその痕跡すら見出せないのです。 
他方、見方を変えて弥山山頂に存在していたと解釈すれば、その後の記録とほぼ一致してきます。 
 そこで今一度、伊都岐島社未造殿舎造営料言上状案を検討してみますと、
水精寺関連の社殿の後ろには大頭神社関連が続き、
その後に四足、同宮御玉殿と記載されています。 
この四足 ( 四脚門 ) や同宮御玉殿は仁治の記録に見える大宮方の社殿や宮殿を指している可能性が高いと思われるのです。 
まるで書き忘れた社殿を追加している様にも受け取れます。 
従って、社殿の存在場所を特定できる資料とするには注意が必要だという事になります。
 さらに、内宮側と言う言葉も島内全域を指しているのでは無く、
単純に厳島神社の近辺を意味しているに過ぎないと考えれば、必ずしも、水精寺が外宮側だとは言えないのです。 
要するに、二の宮からなる厳島神社の神宮寺や神明寺は外宮にありましたから、
ここまでが地御前に位置し、水精寺関連が厳島の弥山に、大頭神社が大野に存していたとも読み取れるのです。 
そう考えれば、伊都岐島弥山水精寺御勤日記 ( 1177 ) や佐伯親盛奉納状写 ( 1283 ) の存在が違和感無く理解出来るように思います。 
 従いまして、個人的見解ながら1300年には弥山毘沙門堂が存在していたとしています

追伸
 つい先般、スタジオタカオの藤原氏より情報を戴き、明治40年の焼失以後、
近世毘沙門堂に至るまでの間にも、毘沙門堂が再建されていた事が判明致しました。
 昭和6年撮影の写真によれば、入母屋造り、平入り、廻り縁、向拝付きで屋根銅板葺きの小堂を認める事が出来ます。 
再建年月や喪失年月日は不明ではありますが、
あるいは、厳島神社に未曾有の被害をもたらした昭和20年9月の枕崎台風あたりで倒壊したのかも知れません。 
いずれにしても、強風の吹き荒れる弥山頂上直下のこの場所では、
ある程度の規模を有さない限り、強風による倒壊を免れる事は出来ないと思います。 

再追伸
 舞台造り毘沙門堂が大正期まで存続していた事が、
郷土史研究家 藤下氏のホームページに掲載された大正8年の絵葉書から判明しました。 
この御堂は明治40年に焼失した天保毘沙門堂を縮小した規模ながら、
大岩の上にせり出して建立されており、相応の景観を見せてくれます。 
重田氏著 「 厳島誌 」 毘沙門堂跡の箇所に 「 最近に到りて小堂をおく 」 と書かれていますので、
おそらく明治42年前後に再建された御堂だと考えられます。
 とすれば、上記で書いた疑問、6尺5寸の柱間痕跡が刻まれているのも頷けます。 
鮮明に記録されている御堂を調べてみますと、建立後僅かの期間にも関わらず酷く傷んでいます。 
屋根には穴が開き、腰板の欠損も見受けられます。 
おそらく、明治40年の火災で周りの木々が焼き払われたのが大きな要因でありましょう。 
事実、絵葉書からは防風の役目を果たすべき大木を見ることが出来ません。 
 従って、弥山毘沙門堂は明治40年の焼失以後、その都度、規模を縮小されながらも、三度にわたり、再建されて来たと考えられます。
あとがき
  江戸期の弥山堂宇は大聖院が管理し、本願 ( 修復等を司る役目 ) は多聞坊でありましたが、
多聞坊は明治初期に廃されてしまい、現在、弥山関連の堂宇は麓の大聖院が管理運営しておられます。 
従いまして、解らない事はそちらにお願いしてみました。 
この場を借りてお礼申し上げます。 
 さて、弥山毘沙門堂焼失後およそ百年、幻想空間の中で適当ながらも復元してみました。 
何れ時がくれば、これら仮想空間の中を、居ながらにして自由に散策出来る日々が来るのでしょうが、
現実に汗水流して訪れるのとでは、雲泥の差があります。 
今回も幾度となくデジカメ片手に訪ねてみましたが、その雰囲気には正しく魅了されます。 
また、参詣の人々も大変多く、霊峰弥山の面目躍如といったところです。 
但し、ロープウェイで参られる人が多く、大日堂ルートを巡られない方も沢山おられるようです。 
江戸期の書物等を眺めていますと、大日堂から頂上へ向かい、毘沙門堂をへて本堂に至る場合が多いようです。
 また、外国人の参拝も良く目にします。 
つい先日も、英語、ドイツ語、フランス語、各国の言語を耳にしました。 
仁王門の所で、すれ違い様に 「 ボンジュール 」 と挨拶され、不意をつかれてしまい
「 ぼんじゅーる 」 と思いっきり日本語的な発音で返答してしまいました。 
まさかこんな場所でフランス語の挨拶をされるとは予期していなかったし、
金髪の美しい女性だなあと見とれておりましたので、不覚でありました。 
仁王さんが健在ならば、「 二度と来るな、この罰当たりめが 」 と一喝されていた事でありましょう。 
 と言う訳で、仁王さんに敬意を表して、今は天保期の弥山仁王門を作成しています。 
資料が少なく、こんな事をして何の意味があるのだろうかと、自問自答しながらの作成になっています。














6月10日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 終了
[下勝成山~上勝成山]山城跡から宮島を想う。




6月8日(日) 宮島弥山倶楽部初心者登山 終了
今回のスペシャルは、判明しました大正15年5月27日に昭和天皇が 皇太子のときに弥山へ登られた記録がありますが、
登山ルートが分かりましたので、偲びながら歩きました。
弥山山頂付近の遺跡探求
大聖院に残る屏風に書かれた遺跡の場所を
屏風の写真見ながら、現地検証














加者
藤原隆雄・荒木亮司・
西崎祐子・荒瀧文代・尾川美幸・猪谷彦太郎
宗政佑・Eric Knothe・Laura Knothe・Seth Knothe(10)・Caroline Knothe(9)・荒瀧友彦


6月3日 宮島弥山倶楽部を代表して案内をしてきました

直木賞作家の高村薫さんが宮島を取材に来られました
弥山へ登山道を案内して登りました。
現在、中国新聞で連載中の「21世紀の空海」で紹介されると思います
お楽しみに




肖像権の問題もあるのでこの写真のみ撮りました。


県立広島大学人間文化学部国際文化学科 研究者代表 松井輝昭 

厳島神社の神仏習合観の変容

2013年3月発行



なかなか興味深い内容です。非売品。


6月1日(日) 宮島弥山倶楽部サプライズ登山 終了

参加者:藤原隆雄・
吉田勝己&歩・久藤和機・
猪谷彦太郎・岡部利行(一般)・特別参加 BEN(フランス人)

この登山で、途中から参加した。フランス人の観光客 BEN君。パリの消防士だそうです。
登山の途中。道に落ちていたペットボトルを、自分のバックに入れる姿を見ました。
我々メンバーも、思わず恥ずかしくなり、彼の姿に感動しました。
時々、外国の観光客で水分を持たないで来ている人に、分けてあげるのですが。
「ペットボトルは山に捨てないように」に言うと「オフコース」という返事が戻ってきます。




5月25日(日) 宮島弥山倶楽部初心者登山 終了



参加者:藤原隆雄・上石裕也(一般)・西崎祐子・佐野秀孝・仁田昌彦・本田須磨子(一般)・中川洋・久藤和機・ 岡崎照美
山田美佐代(一般)・上田美紀(一般)





食虫植物



頂上にある桜。さくらんぼが出来ていた。
食べたメンバーがいましたが、まずくてとても、食べられませんでした。と。



ストライクでした


大正6年発行の宮島の地図




ご希望の方には、メールで拡大できる画像を送ります。
連絡をください。


皆さん探してみましょう



大聖院本坊 摩尼殿入り口にある、愛染明王

  
左 奥の院  中央 大聖院本坊 勅願堂横 右 勅願堂 不動明王

  
左 弥山大日堂に有   右 弥山山頂 千手観音

  
左 大聖院本坊大師堂前    中央 大聖院本坊観音堂    右 弥山仁王門から奥の院へ行く登山道


  
左 旧霊火堂内         中央 霊火堂裏手薬師堂跡に有      右 大元コース20町付近に有



  
右 大元コース20町付近に有   中央 弥山山頂付近旧毘沙門堂付近  右 霊火堂の裏手

 
左 大聖院本坊摩尼殿入り口付近              右 旧霊火堂に有った



多々良海岸


5月15日(木)御島廻り(御烏喰式)終了しました







参加者:小林幸子・山崎美和・藤原隆雄・佐野秀孝・猪谷彦太郎・大林進・尾崎雄治


5月13日(火) 宮島弥山倶楽部健脚登山 終了しました

[経小屋山]宮島が良く眺望


宮石惇・中川浩行・吉山昌男・佐野秀孝・滑純雄・長谷川操子・山崎美和・山口冶江・荒瀧文代・柴田純夫・高島憲治「・・錦織誠・小林幸子
窓枠・・藤原隆雄
背景の山は宮島


メンバーしか分からない秘密を含んだ写真


JR大野浦駅から出発

 


植物の名前は自信がありません
分かる方はお知らせください。


 
 
(1)ツクバネウツギ                  
(2)コガクアジサイ

  
  (3)コシアブラ

  
        
 (4)コシアブラ               (5)ガマズミ              


 
(6)ミヤマガマズミ                  (7)ヒメヤマツツジ

 

 


(8)コナラ

  


宮島・御床神社も見える


  
(9)ヤマツツジ                            (10)ヒラドツツジ

  

(11)松の花(おばな・めばな)


中央展望台



クロモジから作られた楊子

 
 (12)カマツカ                       (13)松  戦争中戦闘機の燃料として採取されたそうです



   
(14)イチヤクソウ               (15)キブシ

  

妹背の瀧


(16)エゴの花



メンバー 佐野秀孝さんから

3回目の探索で 「天保閲兵之地」の石碑 を見ることができました

私は 出会う人に 「羽賀台に行きたい」と話しかけていました

山道で道幅が狭いので 途中まで車で行き 石碑へは 自転車で行きました

村田清風は 中国がイギリスとの戦争(アヘン戦争)に敗れたという 情報を知り

危機感を深め 天保14年(1843)に 軍事演習を行っています

演習には 藩兵35千人 馬1300頭が参加しています

羽賀台の広さは 野球場が 30個分の広さは あります

十分に演習のできる 広さです

どうして こんな 平地が 山の上にあるのかと 思います

山の上に ポンプで 水を汲み上げて 畑を 耕耘機で 耕していました

宮島で 培った 方向感覚と経験で「天保閲兵之地」の石碑 を見ることができました

 



宮島弥山倶楽部メンバー 仁田昌邦さんから

書いてみました。

http://blog.goo.ne.jp/darlingchan2009/e/f2f02d98475184bbacd80ebc7be82422




4月20日 宮島弥山倶楽部初心者登山・アドベンチャー 終了しました



 
ギンリョウソウ                                               八重桜



宮島弥山倶楽部メンバー 佐野秀孝さんから


萩の厳島神社にお参りしてきました 明神池の辺にあります
毛利二代藩主 綱広公の時代 1675年 安芸の国 宮島より
厳島大神をこの地に 勧請し 越ヶ浜地区の 氏神.として祭祀
神社には 「萩藩主毛利本家の家紋」が 彫られています
手すりには 厳島神社の御神紋 「三ツ亀甲剣花菱紋」が 彫られれています

萩の笠山の山頂に 石碑があります

今日 萩に行って来ました

昭和天皇が 大正15530日 に訪れています

宮島を訪問した時期に近い のではないか と思います




萩へ 藍場川を 並走しました

 萩の三角州に中に 藍場川と新堀川が流れています

分岐点が やっと分かりました. 水がよどみなく 流れています

素晴らしい事と思います 

寫眞の手前側は 藍場側 上手側は 新堀川です

 


くぐり岩の件

皆さん検証してみてください。

くぐり岩が落ちているということは、話題になって久しいです
今回、頂上から下るときに
向って左側の岩の境界線に亀裂があることに気がつきました
もしかしたら、右ばかり気にしていましが
左に向って回転しながらずり落ちているのではないかと思います。
岩自体が下がり、頭に当たる程度がひどくなっています。

写真を掲載しますので確認をお願いします。






厳島・瑠璃光寺があったという説が浮上しています

あったとされる現場に行ってきました

現在ある五重の塔は、1407年(応永14年)7月に建流立されたとなっています。


神泉寺については、ここをクリックしてみてください



この上の頂上から見た景色

 

大内氏を滅ぼした陶晴賢
そして、陶を滅ぼした、毛利元就
山口に関わる、瑠璃光寺を破壊しても
おかしくはない
もっと調べてみようと思う。
興味のある方は、一緒にやりませんか。
厳島図絵を描かれた時代よりも古いので
当然、描かれてない。



弥山展望台の問題点

2階を設計変更するなら、あわせて改修して欲しい

雨が降ったら、雨漏り状態?

原因は、3階展望台に上がる、階段に天井が付いてないので
雨が降ると、そのまま地下まで
流れ込んでしまう。


地下のトイレの入り口は、上から水漏れ状態

 

地面には水溜り


 

天井からこのような水しずく、傘が必要



男子トイレは、上の明りとりの
柵は、ガラスが入っていないので
雨が降ると、トイレに降り込み
トイレットペーパーが濡れてしまう



売店予定地の外は、こんな水溜り
水の逃げ道がない



4月13日 雨の中の宮島弥山倶楽部アドベンチャー登山




雨の中、弥山山頂では、桜が楽しめました。



大聖院コース 15丁第一号堰堤付近 霧の中の桜



下界、八つが原付近の桜、浮き出るような白さでした。


 

弥山山頂へ直接登れる、四之宮コースを登りました。
階段もなく、自然道なので気持ちがいいです。
初心者が単独で登るのは危険ですから
必ず、経験者と同行してください。
標識はまったくありません。

参加者:佐野秀孝・藤原隆雄


4月6日(日) 宮島弥山倶楽部初心者登山 終了しました



参加者:藤原隆雄・岡崎照美・佐野秀孝

頂上は、以外にも雪が降って降ってました。
紅葉谷コース350mあたりにくると、みぞれ
下ってくる人は、口々に、頂上は真っ白だと言う
ラッキーと思い、登って行ったがすでに
吹雪は終わり、青空が出てきていた。
今回は
奥の院へ行き、ピンクの椿を見た
道中に出会うのは、ほとんどが外国の観光客
カナダ・ドイツ・イギリス・イスラエル・イタリア・タイ
国際色豊か
宮島弥山倶楽部の「おもてなし」
メンバーが作った「折鶴」を差し上げました。
喜んで頂きました。
今後も、観光客の方にお話をしながら渡したいと思います。


宮島弥山倶楽部メンバー情報 藤井真喜子さんから(東京在住)

春光うららかな季節、素敵な日々をお過ごしのこととお慶び申し上げます。

もう今年も4月ですね(+_+) 黄砂や花粉等の大気汚染も気になりますが、桜や野花 が咲いてお住まいの街も綺麗だったのではないでしょ うか。

東京目黒川のソメイヨシノも満開となりました。

ご覧になって頂きたくて添付します°゜*°゜



 




4月1日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山 

祈りの道をゆく

PHOTO by SANO



参加者

柴田純夫・宮石惇・佐野秀孝・滑純雄・小林幸子・錦織 誠・山崎美和・猪谷彦太郎・吉山昌男・中川浩行



 



  


 



3月26日 宮島弥山倶楽部サプライズ登山

 

 






参加者:藤原隆雄


3月4日健脚登山は終了しました

参加者:山崎美和・佐野秀孝・滑純雄・小林幸子・錦織誠・宮石惇・柴田純夫



変化のある早春の登山を楽しみました。2年ぶりのモミの木計測をすると、25センチも成長していました。]




宮島弥山倶楽部 メンバーの中本さんから






参加者:藤原隆雄・荒木亮司・佐野秀孝・久藤和機・大林進・木坂宮子・岡部利行・吉田勝巳夫妻


2月8日に撮影した石仏











2月8日の大雪の朝、一人でもみじ谷コースを登り、大聖院コースを下りました。

当日は、午前中ロープウェーも運休。
頂上付近は、静寂に包まれていました。
事情の分からない観光客が、スニーカーなどで上がって来ました。
下山は危険だからと話、ロープウェーで下る方も多かったです。
仁王門まで来て、引き返す方もいました。
外国の方は、問題ないと頂上を目指していました。




  


もみじ谷コース 左から 10丁・14丁天然橋の上のベンチ・17丁辺りの石段(15号堰堤あたり)

  

左は 大黒天前の急な石段  右は 紅葉谷コースとロープウェーへの分岐点

  


 

弥山霊火堂  三鬼さんへの石段 弥山本堂



 
 

右はくぐり岩 右は凡字の書かれた石塔



  

弥山頂上
 





舟岩




大日堂から下る石段




仁王門
  
 

仁王門下、奥の院・大元コース・大聖院コースの分岐点 足元の石段はまったく見えない
右の写真は、下から見たもの

 
 

登山道は、雪で覆われ、石段が見えない箇所が多い  右は迂回路 15丁町石



土砂災害後に出来た迂回路




14丁 第一堰堤



 幕岩の上の瀧

 
 

新しく出来た石段

 

左は、賽の河原   右は お堂と旧8丁




里見茶屋跡



<結果報告コーナー>

2月4日(火)宮島弥山倶楽部健脚登山






レイントラック
(大木に雨が降ると、ある場所に水みちが出来、その筋に栄養を求めて苔が生える。)

 
ウラジロガシ
昔、宮島では木の伐採が行われていた。
木を切ると、そこから数本の新芽が出てきて、このような形態になる。
山中には、このような木が多い。





はるかに弥山山頂が見える

 
                                   初参加の佐野さんも頂上で大喜び

 
皆さん充分な装備で参加



スミレモ 陸上に上がった藻類
詳しくはここを参照
           
トサムラサキの実                          シロダモの実(春に白い花が咲くと、宮島の森が真っ白になる)


多々良に仕掛けられた イノシシ捕獲ワナ
  
ハンの木                                ヒトモトススキ(宮島では珍しいかも)


続く

山崎美和・佐野秀孝・柴田純夫・熊野澄雄・浅井操・吉山昌男・長代曉美・滑純雄・小林幸子・錦織 誠・長谷川操子・藤原隆雄



2月2日(日)江田島から宮島を見る登山 
江田島カキ祭・古鷹山・クマン岳縦走


参加:藤原隆雄・大林進・木坂宮子・吉田夫妻・岡部利行
・上田恵子



1月31日 海田にある日浦山登山と大師寺火渡りに参加

海田の大師寺の火渡りを見に行った。写真教室の生徒さんも数名参加。
私は、その前に念願の日浦山に登った。宮島弥山倶楽部のメンバー3名が参加。
初登山、ネットから地図を出して、概容をつかんで出発。
駐車場がないので、JRに乗って行った。
時間の調整が分からなかったので、早めに出たつもりが、ちょうどだった。
すでに宮島弥山倶楽部のメンバーは来ていた。
住職に挨拶をして、登山開始、最初がかなりの急勾配。
88ヶ所めぐりもあり、話をしながらのんびり登った。初めての山なので、途中道に迷いそうになりながら、1時間半はかからず、頂上に着いた。景色はすばらしい、広島市内が一望できた。
時間が早いので下山をすることにした。途中はいわばもあり厳しいところもある。
地獄岩と言う場所があるので行ってみる。すごい断崖。
下山ルートがない。しばらく探してそれらしい道を下山した。
間違っていた。地獄岩を見上げる場所に来たが、このまま降りると、かなり大師寺から「離れる。
地図を見ると、左右反対に来たようだ。
再び、急勾配を登り、地獄岩の上に出た。
しばらく引き返すと、予定のAコースの標識があった。
見落としていた。
なだらかな尾根を下って行くと、墓所に出た。
地元の方に聞いて旧道を見つけ、いくと大師寺に直接出た。
法要が始まっていた。
13時火渡りが始まり、みんな必死で撮影、お参りをしていた。終了後、再びJRに乗って
広島駅に出た帰宅した。




参加者:藤原隆雄・山森茂生・大林進・木坂宮子


1月26日(日)宮島弥山倶楽部 サプライズ登山 

参加者:藤原隆雄・久藤和機・佐野秀孝・吉田勝巳夫妻



 


 

 







1月19日の 宮島弥山倶楽部初心者登山は雪でした


















  




14丁が立っていました。
思わず、記念写真







宮島弥山倶楽部親睦会 記載漏れでした

1月18日 パセーラ 丸八で行われました




1月21日 宮島弥山倶楽部健脚登山 無事終了しました



参加予定者:山崎美和・錦織誠・藤原隆雄・滑純雄・柴田純夫・長谷川操子・浅井操・吉山昌男・宮石惇・小林幸子・岩崎義一








吹雪になってしまいました




鷹の巣砲台









指令を出すときに、この管を使っていたそうです





司令官のいた場所




攻撃を避けるために、離れた場所に配置をしていました





入浜にある、鷹の巣浦神社






ビナンカヅラ




阿多田島が見える



鷹の巣低砲台




サルトリイバラ



サカキカヅラ



ムクロジの種で作った羽子板の羽



サプライズ登山で出会った僧侶



僧侶の名前は 賢優さんさん
高野山から来られていました

   

 


 

石鎚神社。ここから石鎚山が見えるそうです。(1年に数度のみらしいです)昔は空気も澄んでいたので
よく見えていたのでしょうか。右の木はご神木と僧侶は言われました。


昔、ここで御山神社を守っていた女性が住んでいたと聞きました。
この場所を見つけたときは、首にない地蔵様がありましたが
石鎚神社関係者の方々が、別の場所に埋めたそうです。
今はこのように供養塔が安置されています。



弥山では珍しい、稲荷さんが祭られています。



布袋さんと思われます。稲荷さんの隣に鎮座しています。




曼荼羅岩。普段は危険で近づけません。



文字の意味を説明してくださいました。
  

  

 

 

 




22日に逝去された藤登文枝さんの葬儀に行ってきました





中家志乃・塩谷るみさんが、弥山で作った「よみがえれ不死鳥」を
歌って送った。


やさしく、凛としたたたずまいの藤登さんのことは
宮島弥山倶楽部のメンバーは忘れません
心からご冥福をお祈りいたします



現在、宮島弥山倶楽部ではメンバーが登山をしたときに
観光客の方に、メンバーが手作りした、折り鶴をプレゼントしています。
皆さんの気持ちが伝わるような折鶴です
   

   



霊火堂再建の過程

消えずの火にある釜を作る

ちょっとバタバタしているので、いっぺんに掲載できません。
ぼちぼち見てください。



 

 

 

 

 


まだ、全部を掲載していません。














30年前の管弦祭



 

 

 







宮島の裏手から、ロープウェー獅子岩駅方面を望む
頂上には展望台、右手にロープウェーが見える。




上卿屋敷(ショウケイヤシキ)






若宮


上座

上卿屋敷(しょうけいやしき)






先日の広島大学の講演会で、上卿屋敷の持ち主、林さんが講演をされました。
なかなか興味深い話を聞きました。
上の写真にある出窓は、滝町を見渡すことが出来、訪問する方が通りのどの辺にいるかを
確認するための窓だったそうです。

日曜日、10時から4時まで、一般公開しているそうです。
興味のある方は、訪問してみてください。

 


 

など、数点の紹介がありました。
詳しく、知りたい方は資料をメールで送ります。


興味のある方は、スタシオタカオへおいで下さい
興味深い資料があります

見てご希望の方は、コピーをしてお渡し可能です。コピー代A4  1枚 10円



日本研究 97P  非売品
「嚴島」特集号
2001年3月

<内容>

研究目的ならびに成果と課題をめぐって   佐竹 昭
嚴島の地形とフラクタル次元  於保 幸正
宮島の土砂災害と砂防  海堀 正博
宮島の土壌化学特性と物質循環ー周辺の土壌劣化流域の比較ー小野寺真一・M.D.Birmano・成岡朋弘・藤崎知恵子
宮島の景観生態学的研究ー特に国立公園内の地域区分の再評価ー 中越信和・工藤久美子・近藤俊明・太田陽子
「嚴島奉納集(初編~三編)」寸見ー倉橋連の動向ー 朝倉 尚
宮島の遊郭 市川 弘
神の島を神の人に 髙谷 紀夫
観光地としての宮島 フンク・カロリン
宮島町民意識にみる観光地・宮島像 淺野 敏久



内海文化研究紀要 35号 
164P 非売品
2007
広島大学大学院文学研究科・付属内海文化研究施設

<内容>
嚴島における考古学的踏査とその検討(2)-大川浦遺跡に関する考古学的検討ー
古瀬清秀・加藤徹・竹広文明・脇山佳奈・荒木亮司
名勝の発見と在村知識人ー近世後期の安芸国沿岸島嶼部を事例として 中山富広
飫肥城歴史資料館所蔵和漢書分類目録  妹尾好信
山口県文書館蔵「近藤芳樹日記」翻刻(二)  久保田啓一・蔵本朋依
「芸備日々新聞」における嚴島関連記事(二) 勝部眞人・佐藤靖裕
周防国事能要害と毛利氏水軍  中司健一
広島大学大学院文学研究科付属内海文化研究施設研究紀要投稿・執筆要項
広島大学大学院文学研究科付属内海文化研究施設細則
広島大学大学院文学研究科付属内海文化研究施設運営委員および研究員(平成18年度)



宮島の植物と自然

2009年2月15日(正式版初版) 購入可 160P
宮島桟橋観光案内所にて販売
広島大学大学院理学研究科付属 宮島自然植物実験所(編)



嚴島研究
 54P 非売品
第8号 2012年3月

広島大学 世界遺産・嚴島ー内海の歴史と文化プロジェクト研究センター
<内容>

嚴島が「撮影禁止」だったころー室浜砲台・鷹巣低・高砲台をめぐって   瀬崎圭二
岩国市中央図書館蔵「嚴島大明神御縁記」翻刻と解題  妹尾好信
私と宮島ーなぜ宮島に魅かれるか 藤原隆雄
嚴島研究の現在地ーメディアの視点から  岩崎 誠
平成23年度新収 嚴島関連資料略録

<彙報>
嚴島関係文献目録(文学編) 江波曜子



嚴島研究
 58P  非売品
第9号 2013年3月

広島大学 世界遺産・嚴島ー内海の歴史と文化プロジェクト研究センター
<内容>
広島藩儒寺田臨川と嚴島 久保田啓一
平清盛の開国と「太平御覧」の渡来ー東アジア漢籍交流史に関するー考察ー 陳 ?
翻刻「嚴島大明神御縁記」(安永三年写・架像蔵A本) 妹尾好信
平成24年度新収 嚴島関連資料略録

<彙報>
宮島における外国人と日本人観光者の行動 フンク・カロリン
NPO活動による「新・みやじま紀行」に寄せてー宮島の新しい観光や魅力の深耕に向けて 坂 史朗



MUSEUM  
購入可能
2012.8 NO.639
東京国立博物館研究誌
<内容>
安芸、嚴島における新発見の祭祀遺跡ー弥山の中腹で発見された岩塊群の検討  妹尾周三
<資料紹介>田中親美「平家納経模本」-益田鈍翁・高橋箒庵・松永耳庵の眼ー 恵美千鶴子
<報告>東京国立博物館所蔵「紺紙金字法華経」の巻子紐の復元 西岡千鶴



宮島の自然 
230P 購入可
宮島桟橋観光案内所にて販売(在庫不足気味)1,050円

地形・地質編

宮島町発行





ピンクの線・・・350mの等高線
緑・・・左から
風穴(大元コース)
朝日観音(多宝塔コース)
大夫戻し(大聖院コース)
夕日観音(四宮コース)
15号堰堤(もみじ谷コース)
地図にはありませんが 石巻きの松(博奕尾コース)
奥の院(ここも標高350m)


オレンジの線・・・左から
大元コース
多宝塔コース
大聖院コース
四宮コース
もみじ谷コース





比べてみてください。明治初期のハガキのようです

やっぱりあった 弥山の不思議 350mの不思議



博奕尾ルートの350mの場所にもイワクラ



地面をはうように松が伸び、まっすぐに松はのびて行く。
背後にはイワクラのような岩がある。




四宮コースの上の部分にあります。
今は、このコースは頂上へは行けませんので
通る人はほとんどいません。
一般には場所は公表していません。
初心者登山で行く予定にしています。





明治4年の絵図より、弥山山頂





幻の滝

4月7日に幻の滝を見に、宮島弥山倶楽部の久藤さんと行きましたが
残念ながら、雨量が少なく期待したほどの水量ではありませんでした。
また、次の機会に・・・・。

撮影場所は、大聖院コース 6丁にある
里見茶屋から600mm望遠レンズで撮ってます。



雨が降ったら行きましょう。


石仏を撮って来ました

今日の宮島弥山登山は、一人で登って行った。最近は、宮島弥山倶楽部の登山で行くことが多く、案内用になってしますが。
今日の目的は、仏様をとる。
自分自信に厳しくなろうと、もみじ谷をコースを休まずに登るいという負荷をかけた。
カメラ標準ズームレンズ付き。マクロレンズ。ハンディストロボ、三脚大小2脚。
地面すれすれに撮ることになるので、地面が硬く膝をつく可能性もあるので、膝にあてるクッションサポーター・クッションに使う防寒服。
地面が凍結または濡れている可能性があるので、地面にひけるカッパ。
そして、スパッツ。
金剛杖を持って登った。
さすがに負荷がかかり、くじけそうになったが、なんとかもみじ谷コース霊火堂まで、56分で登りきった。
行者堂跡・毘沙門堂跡の観音様と弁財天を撮り、頂上に行き。弥山本堂裏手で昼食。


行者堂跡の石仏 もっとも好きな仏様


行者堂跡に安置されている



毘沙門堂跡の弁財天


ここで、宮島弥山倶楽部の秋本さんと遭遇。行くことは知っていたので、三脚を見つけて声をかけてくれた。
一緒に大元コースに入り、三剱窟と書いた三観音様を撮影。


 

三剱窟と書かれている

順番待ちの様子が分かった。

  
合わせて、弘法大師を撮影して下山した。



膝をついて撮ったせいか、下山は膝の痛みが出た。

私は、やはり写真を撮っている時が一番幸せだと感じた。



昭和39年度建設当時の弥山展望台のポストカード

今、宮島桟橋2階の展示場で
古い展望台の写真が展示しています。

この写真も展示しています。



木々が茂っているのが分かります。





12月11日 清掃登山の時に撮らせていただきました
待っていて下さったように感じました


鳥居の近くにあったと言われるイカリの話し





探してみましょう。


古い絵はがきから

 
彌山 毘沙門堂  大正8年8月と記載されている




大元公園と記されている 場所は分からない



もみじ谷公園 紅葉橋と思われる



ひょうたん桟敷あたりではないかと思われる



弥山大聖院コース18丁 仁王門(現在再建中) 茶店もある



「鐘楼」と書かれた看板がある(現在は建物はない)



場所は特定出来ない。岩惣の前の広場のようにも見える。



場所は特定できないが、清盛茶屋あたりではないかと思われる。
左に鳥居が見えてもいいはずだが、写っていない。



大元神社が奥に有るような雰囲気ではあるが、特定出来ない。



大元公園と記載されている



大元公園と記載されている



大元公園と記載さている



霊火堂の消えずの火ではないかと思われる
何代目の釜だろうか



40年前の管弦祭



ここをクリック下さい



大聖院で展示された屏風を宮島弥山倶楽部なりに探索しました。

ここをクリック



宮島弥山倶楽部のメンバー 米田さんから



日本宗教民俗学会大会 2012.6.9

燈明信仰遺跡の検討

宮島の県境資料です

  

  




大聖院の裏手からケーブルカーの建設がされていたようです。



大正11年から3年間位工事を行って中止になったようです。


ここまで行くのは、大変です。
桟橋から歩いて往復9時間くらいはかかります。
一般の方は、あきらめた方が良いです。
鷹野巣砲台の方が、楽しめると思います。



以下のような地図が手に入りました。
興味深い道が掲載されています。



大聖院コースは別に1本あったようです。
里見茶屋?の位置が違うような気がします。



丸印の鹿屋谷とは?  宮島の鹿の発祥の地と言われているそうです。

丸しるしの左の文字 三剱岩? 一般に言われる名無し山・火山と言われている場所ではないかと思われます。
そうする大元ルートの左にあることがおかしいです。別の場所を指しているのかもしれません。

他に地図の右上にある文字
水迦門・?





幕岩と読めそうです



ご意見が有りましたら、お知らせください。



宮島原始林・植物から見えてくる宮島の自然の特徴

 投稿者:織部メール  投稿日:2011年 8月31日(水)14時53分18秒
  宮島原始林・植物から見えてくる宮島の自然の特徴
8月27日・宮島ホテルまこと
宮島御山を守る会 調査研究部会活動・・・・・・・・

講演会には大いに新たなる思考が生まれました。
まことに有難う御座いました。

そして、早速ですが、私見(訂正)と過去の情報をお知らせします。

先ずは、私の事ですが、
朝廷中務省正四位 上卿神主祝師太夫 幽斎
             神道国学者 一条力治 印
毛利家上卿祝師家老 細川織部

其処で宮島・私は常に嚴島と言って居ます。その理由は嚴島町当時の地図が宮島町役場に有りました。
その地図には、嚴島全体図のみで、町屋の地図は記載され言いませんでした。
其処手で、昭和25・6年青年団指導者の当時の総務課長から其の地図を見せられて「天領地」と見て聴いた。
その地図の中心に「細川」と印刷されていた。即ち「天領地」細川家の領有地・所有者と判明した。
そして其の地図の細川が、私の祖・細川家である。
即ち、明治維新までは嚴島の管理権は「細川家」に有りました。処が・・・・・・・・
この名前は毛利家の属将細川家で、更に朝廷中務省正四位 上卿神主祝師太夫が朝廷での資格です。

そして明治維新を迎えて新たな税法が交付され、大野町の山林は納税不能の理由で国に返納した。
厳島は天領地・細川家を管轄していたのが時の朝廷で有ったために、細川家では納税不能の為に法的に・・・
朝廷国家へ返納されなくては為らなくなり、嚴島は国家へ返納されたのである。

先ずは、このような社会状況から、嚴島の政治経済原始林の管轄の記録と朝廷語部制度で嚴島の史記を継承する。
従って、嚴島の史記を述べさせて頂きました。魏志倭人伝から始まり、木花之佐久夜欸買”!コノハナノサクヤヒメ
その孫が嚴島神社の「伊都伎島姫之命」であります。

即ち、ここから嚴島の自然林が朝廷の保護の基に現在まで、辛うじて継承されています。
しかし、その自然林の嚴島は保護されるどころか、少しづつ破壊の経緯を説明する事に成るのです。

その説明から、神道国学の読み方について「馬鹿」を神道国学では記録と甲骨龜甲因書で解読するのです。
その記録とは「馬とむ鹿」が嚴島に存在する。その因書を解読すると何らかの鹿の間引きが行われていると言いました。

そして気になるので、帰ってから甲骨龜甲因書を解読してひも解くと吉野先生の指摘された鹿が交尾で・・・・・・・・
年々増えていると言う事を、過去の経験とその意味を検考して見ますと興味の有る話が思い出されました。

それは、まだ戦時中の事田ですが、廿日市市平良の叔父さんが宮島の山にはオオカミが居て・オオカミの声が聞こえる。
そう言って居ましたが、宮島の住人・私らは犬が居ると言っていた。秋田犬かセバード犬が居ると言っていた。
その犬は、里へ下りてきて鹿を追っかけて食っていた。最初は後ろ足に噛みつき倒れると食うのです。
ですから、御不動産公園に居る鹿の3匹は何時も片足の無い鹿が居たのです。

そして秋に為ればマツタケを取りに山へ入る。時には木の枝に首を吊って死んでいる人が有っても、松茸狩りに熱中して・・・
自分の真上に死体が有る事にも気づかないような松茸狩りでした。

その中に、時々鹿の死体が有りました。当時はその意味すら解らなかったのです。
今思うと、吉野先生の鹿の生態・敵がオオカミと言う事を初めて認識して聞きました。

それは鹿の間引きは「犬」私らはそう言って居ました。鹿が犬に食われていたと言っていた。
それも今年は犬が居ないようだね。と言って・・今年は犬が出たと言っていた。その犬は里に出ると神鹿ですから・・・・
人間が犬を追っかけて鹿を助けた事は多々・私は有りました。

鹿と犬の関係はこんな事でした。・・・・それが、先生の鹿の生態を聞かされて、ああぁぁぁーそうか・・・。
犬が鹿を間引いていた。と顕かに思えるようになりました。

その犬の効果は、嚴島の御山等々山奥には鹿は一匹も居ませんでした。犬に鹿が追われて里に居たと思います。
ましてや包ヶ浦・大砂利等々には鹿は絶対に居ませんでした。
その根拠は安芸国佐伯庄毛保一条邸には常に秋田犬8匹が雪舟邸に自然飼いに為っていた。
その数匹を嚴島の山林に放つ事に因って鹿の間引きが行われた。極秘で有ったと思う。
であっても・現在では真実の公表の方が嚴島の自然林を守護する事になるとの決断から公開します。

処が御山「獅子岩」にモンキーセンターが出来て、初代の現場管理人日岡氏の話を聞くと、
サルの餌に誘われて鹿が出てくるようになって困ると言っていました。
・・この時から鹿が御山の自然林の奥まで入り込んだと言う事です。
今年は犬が居るなぁぁ・・・今年は犬が出ないなあぁぁぁぁー と言って居たのは顕かに鹿の間引きで有ったと思えるように為りました。

毛利家属将上卿祝師家老は、その実子を嚴島神社棚守に措き・当社は毎年朝廷中務省正四位 上卿神主祝師太夫の職責を京都まで出張する形で職務を遂行していました。
言い換えれば、嚴島の真実の史記は我が家の以外には詳細を熟知する者は居ないのです。

            毛利家属将上卿祝師家老 歴代嗣子 細川織部

吉野先生 殿

それとオオカミの犬の話を検証すると・・・・・・・
戦後の昭和20年の神社の破壊と紅葉谷の復旧の事です。
当時は食糧難で、鹿を食料にして食べたので………・
一匹の鹿も紅葉谷には居なかった。

其の為に紅葉谷の復旧が為ったのではと思います。

http://blog.goo.ne.jp/oribee88






昭和6年3月8日 弥山山頂風景 当時のはがきより





2011.3.1 撮影



奥の院にある、不思議な顔をした石仏群







大師堂の横にあります。
探してみてください。

秋には、探索ツアーを計画中



大元コースにある 弁財天

 

  
3番弁財天石碑の後ろには、大きな岩がある。
4番17町まで行くと行き過ぎなので、1番の写真の階段まで戻ること。




石碑の奥には、深い岩の割れ目がある。
50mくらいくだった、風穴まで続いているのではないかと
言われているが、確認をした者いない。

風穴は、夏場30度近い気温の時も、18度の冷たい空気が噴き出していある。


ご存知の方はお知らせください

7月17日に行われる

管絃祭

実は、昔は

管弦祭


地元の方に聞いても分かりません。
現在、宮島に貼ってあるポスターには、管弦祭となっているものもあります。


宮島屏風図絵の検証


今回の文字の解読には
宮島歴史民族資料館 高橋館長
宮島弥山倶楽部 京都在住の民俗学研究者 米田さんの協力をいただきました

データーの関係で、別ページにしています

ここをクリックしてください

詳しく、写真等を交えて掲載しています。




5月8日まで一般公開されていた江戸時代の屏風




弥山本堂にあった、「消えずの火」 

先日、大聖院の僧侶に聞いたところによると、弥山本堂にあった頃は、一般に公開をしていなかったそうだ。

 



昭和41年9月1日の霊峰より
毘沙門堂はあった。

大聖院が発行している霊峰のバックナンバーには興味深い資料の宝庫!!
買い求めることも出来ます。




大聖院コース 14丁付近にある堰堤から

土石流が発生した場所に不思議な土管が有ります。






よく見ると、右の上にある倒木
龍が足を踏ん張って、睨んでいるように見えませんか。

弥山登山道  多宝塔ルート 
 弥山登山道 四宮ルート
 弥山登山道 博奕尾ルート1

弥山登山 博奕尾ルート2
 岩船岳ルート
 御床神社参拝 2007年の記録にあります




今まで誤解をしてみていました。








三剱岩屋(火山・な名無し山とも呼ばれる)頂上から の場所を撮影している。





の断崖

今までは、大元ルートを登る時にの断崖を見ていると思っていましたが
実は、の場所を見ていました。





弥山本堂から 旧霊火堂を望む

 

弥山山頂下の旧毘沙門堂 明治以降、立て替えがあったようだ。



場所ははっきりしないが、奥の院ではないかと言われている。



厳島図絵より 弥山本堂




こんな地図があります。
ここをクリックすると拡大


ここをクリックすると拡大します

朝日観音と夕日観音の位置を見てください。


ここをクリックすると拡大

細かく見ると興味深い記述があります。



掲載予定

弥山山中にある、観音道
(朝日観音から夕日観音) 
途中に 不思議な水琴窟 そして稲荷教会が建てた石碑

 



幻の貝殻塚



 






山野にある溶鉱炉のような跡
(実際には製塩ではないか?軍隊の駐屯地と諸説)








多宝塔にあった朝日観音堂の跡





三鬼堂の裏手にある稲荷さんを祭った場所