そもそも「七不思議」という表現自体、世界各国共通になっており、「六不思議、八不思議」というのはひとつもないのが、不思議ですよね。
常に奇数の「七」。それはともかく、宮島の七不思議についてひとつづつ、お話していきましょう。
■宮島の七不思議その1〜蓬莱(ほうらい)の岩
宮島港の東に蓬莱岩と呼ばれる岬があります。
3、4月頃の波の穏やかな時期になると決まって、この岩向こうに靄が立ち、煌びやかな宮殿楼閣のような物がぼんやりと浮かび、そしてしだいに消滅するという現象が起こっていたんですね。
見る人は「これはなんと不思議な光景だ」と思い、このことは古書にも「安芸の国に蜃樓あり」と出ているんです。
結局、これは蜃気楼のためであったろうと思います。
■宮島の七不思議その2〜神馬(しんめ)
宮島は「神の島」ですから、宮島の馬は当初は「白馬」だったんですが、時が経つにつれて茶色い普通の馬が入ってくるようになります。
ところが何頭かが自然に色が変わって「白馬」になってゆくものですから、島民の間で「これは神馬だ」と、不思議のひとつとして語り継がれています。
これは、一日中日陰の馬屋に繋がれていたという環境や、突然変異の類のものなどによるのではないでしょうか。
今年、付近で獲れるボラに白い色が多いのと、似ていますね。
■宮島の七不思議その3〜天狗のあしあと
これは、神殿の左側屋根に雪が降ると、決まって大きなあしあとが付くことから「天狗のあしあと」(または「雪の日のあしあと」)だという伝説です。
これも自然現象のいたずらで、積もった雪の上をカラスかサギが歩いて跡を付け、時間が経つに連れてあしあとの回りが溶けてきて大きくなり、
「天狗のあしあと」に発展したのではないでしょうか。
ヒマラヤの雪男の話しも、恐らくこのようなものと同じではないでしょうかね。
■宮島の七不思議その4〜神烏(おがらす)
宮島では毎年5月15日、島の浦々におまつりしてある厳島神社の末社を船に乗って巡拝する「お島廻り」というのがあります。
その中の養父崎(やぶざき)神社でのお参りは「お烏喰式」(おとぐいしき)といわれ、神社沖合いに板を浮かべ、
その上にカラスに食べさせるお供えの団子を置き、船の中で楽を奏でると山からニ羽のカラスが飛んできてその団子を取ってゆく、
という不思議な儀式なんです。
カラスが団子を取ってゆかないと、お宮参りは許されないんです。
カラスも宮島では神の使いという言い伝えがあり、最初にカラスに団子を食べさすことを教えたんです。そうしないとこの儀式は成り立たない。
この儀式はもう何百年続き、版画にもなっており、今も毎年行われていますから、まさに不思議ですよね。
■宮島の七不思議その5〜みさけ(あやかし)
これは、日が暮れて山に入ると神かくしに遭い、金縛りになるというどこにでもある伝説です。
もともと宮島では日が暮れて山に入ってはいけないというしきたりがあります。
とくに厳島合戦で多くの血が流れた場所ですね。
私も一度子どもの頃、父に連れられてそこを通った時、体験しました。
父の髪の毛が逆さに立ち、動けない。
そこで父は山の頂上に向かって「これをほどいて下さい」とご証文を読んだんです。
すると髪の毛が寝て、歩けるようになった。しかししばらくすると2度、3度とまた金縛りになり、峠まで来るともう来なくなりました。
土地の人はこれを「あやかし」といっていますが、近年、これに出遭ったという話しは聞きません。
しかし、私は今でもそこを通る時は「お許しを願います」と言ってますがね。
■宮島の七不思議その6〜天狗の松明
年の暮れになると、決まって弥山の頂上を中心にして灯かりが灯り、しかも拍子木のようなものでカチカチと叩く音も聞こえることから、
土地の人はこれを「天狗の松明」と言い伝えています。
これは、伐採を禁じていた銘木を、役所が休みに入った年の瀬を狙って切りに入った人たちの松明の灯かりとマサカリの音ではないかといわれています。
■宮島の七不思議その7〜龍燈の杉
弥山の頂上から少し東に下ると、龍燈の杉というのがあります。
毎年正月6日の夜になるとここから広島方面の海上に怪しい光りが闇夜に浮かぶんですね。
これは漁り火か不知火のようなものを、当時の人は「龍燈」と思ったのでしょう。
今は広島の夜景が明るく過ぎてこのような光景を目にすることはできません。
以上が宮島の七不思議といわれるものです。
その原因と思われるものは、気象・自然現象や宮島独特の生活、文化、歴史がもたらすものといえます。
その意味で、宮島は小さな島だけども、多彩で豊富な内容を持つ島といえるのではないでしょうか。